2004.7.8
 
Editorial (環境と健康Vol.17 No. 3より)
門田基金国際フォーラム2004年
・・・温熱ストレスの健康への応用 ―コンセンサスと提言―・・・

菅原 努
 

 

 私が(財)慢性疾患・リハビリテイション研究振興財団の理事長をお引き受けして5年目になりました。その活動をいろんな形、方蔓へ拡げてきましたが、今回特に門田基金(門田敏裏三基商亊株式会社社長の寄付による)という纏った予算を頂けることになったのを機会に少し思い切った企画を立ててみました。それがこの国際フォーラムです。学会の国際会議など何も珍しいものではありません。現にこのフォーラムでのテーマの一つであるがん温熱療法については、つい先ごろこの4月にアメリカで第9回国際会議が行われたばかりです。それなのに何故この会議を開催するのでしょうか。これは国際的には何も珍しいことでも何でもないのですが、我が国では余り行われたことがないので、その真意がなかなか理解されません。

 先ずこの会議でのテーマですが、その中心はがんの温熱療法ですが、私はそれだけでは満足していません。実はがん温熱療法の研究を進める過程で、温熱の新しい生体作用が次々と見つかって来ました。そこで、「先ずがん温熱療法(ハイパーサーミア)については、それをがん治療においてどのように活用するべきかを議論し、それを参加者のコンセンサスとして国際的にまとめ、公表する。次にいろいろの新しい可能性について今後の研究の推進と活用を提言する。」と言うのがこの会議の狙いです。ただ単に最新の研究の成旺を競うのではなく、これからの病気の治療と健康の増進のために、我々生物学、医学の研究者がその責任をこのような形で旺たしていこうと意気込んでいるのです。科学者が意見をまとめて外に働きかけていこうとする為の国際会議というのがその特徴です。従って纏めのための討論には相当な時間をさき、参加者の満足する結論を出したいと願っています。

 参加者は国外約25、国内約50名程度の予定です。当財団としてはこのような国際フォーラムを2年に一度程度支援したいと考えています。専門家でのコンセンサスについてふさわしい健康をめぐるテーマがありましたら、ご提案ください。

 以下に、私の国際フォーラムでの開会挨拶(英文抄録)の訳をご紹介します。


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 開 会 挨 拶  
 
菅 原  努  

 門田基金国際フォーラムへのご参加と淡路夢舞台へのお越しを心から歓迎いたします。この会場と会議とを夢一杯に満喫して過ごされることを期待しています。

 ハイパーサーミアというのは1971年に当時の米国大統領ニクソンが「がんへの闘い」を宣言したのを機会に、それまでの「高熱の続いた患者でがんが自然退縮した例がある」という経験を科学的治療にするべく始められたものです。その後得られた科学的知見は次の1980年の第3回国際シンポジュウムでのエリック・ホール博士の言葉に圧縮されています。

「生物学は味方だが、物理学が敵対する」

 確かに、深部腫瘍の加温と温度測定は物理的には大変難しい課題です。1980年代にはいろいろの装置が開発されそれは10社以上になりました。しかし今では世界にわずか数社が残っているだけです。生物学的研究もまた臨床応用も同じようにこの30年間大きな発展は見られません。

 日本では私達が多くの科学者、技術者、臨床家の協力を得、政府の研究費の支援を得て1984年にサーモトロンRF-8という高周波治療装置を完成しました。その後1990年には放射線治療と併用で、さらに1996年には化学療法と併用だけでなく単独でも、健康保険に認められるようになりました。このような臨床での発展の他に生物学的にもがん細胞が正常細胞より温熱感受性が高いことが明らかになりました。また腫瘍を含む部唖加温は、思いがけず免疫活性を高めたり、快適因子エンドルフィンの分泌を促したりすることが分かってきました。

 私はがん患者とその家族のためにハイパーサーミアのホームページを1999 年に開設しました。今ではそれに毎月15,000人を下らないアクセスがあります。ハイパーサーミアは蓄積性の副作用がないので、何度でも繰り返し治療することができます。またがん以外にもウイルス病やスポーツなどいろんな分野への応用が期待されます。

 言い換えれば、もともと物理的な治療法として考えられたハイパーサーミアは、深部を限定して加熱することは一種の侵襲であると思われて居ました。しかし、日本での優れた臨床家の経験によると、加温に要する長い時間は患者と主治医とのよい対話の機会であり、それによって物語医療(ナレイテイブメデイシン)が出来ることになります。さらに部唖加温は、それを上手にそして繰り返し行うことは難治がんをもつ患者にとっては喜びでもあり救いでもあると言えます。これは魂の癒し(スピリチュワルベイストメデイシン)とも言うべきものです。このようなハイパーサーミアに対する新しい見方、考え方をご参会の皆さんが、認め受け入れていただくことが出来れば幸いであると思っています。

 しかし、残念ながら、世界的に見れば、いや日本の国内でも、ハイパーサーミアはまだまだ広く認められているとは言えません。何故そうなのかは、今回の会議の大きな課題の一つです。この点について是非積極的なコンセンサスを得たいものです。また温熱の新しい可能性についても大いに議論し、世界の人々の健康と福祉のために貢献する提案が出来ればと期待しています。

 ご参会の皆様の積極的な貢献とご協力をお願いして私のご挨拶を終わらせていただきます。