「環境と健康」Vol.13
No.2
健康指標プロジェクトシリーズ |
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卵成熟の生物学 |
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トロント大学 ラムゼイライト動物学研究所
増井 禎夫 |
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なぜ卵成熟が必要か 動物の受精がいつ起こるかということですが、いろんな時期で精子が卵に貫入してくるわけでありまして、例えばホッキ貝であるとかいうようなものではすでに第1減数分裂の時期に精子が貫入するのでありますが、我々人間或いはカエル、魚など脊椎動物ではこの時期には精子は貫入出来ませんで、第2減数分裂の中期になった時に初めて精子が貫入出来るのであります。しかし卵の方は精子が貫入するまでこの時期でじっと待っているわけであります。ウニなどでは減数分裂が完全に完了した後で精子が入りましてやがて分裂の経過をたどっていくわけであります。そこで一体ホルモンがどのようにして卵成熟を引き起こすのであるか、或いは卵成熟というものが起こらなければどういう事態になるのであるかというような疑問が起こってまいります。そのお話に入ります前に今まで一応卵成熟の過程を顕微鏡の下でご覧にならなかった方々もおられると思いますので、ここにお見せするような写 真を持ってまいりました(写真未掲載)。これはマウスの卵でございます。これは卵巣から取り出しました卵母細胞でありまして、この大きな円がジャーミナルベシクルであります。卵母細胞の直径は70マイクロンでここに大きく見えますのが核仁(ニュークレオラス)であります。これが卵成熟を始めますと核が破れて染色体の凝縮が始まるのでありますが、これを次々とお見せしたいと思います。これは卵を固定いたしまして染色体と核酸を染色した場合であります。卵核胞のジャーミナルベシクルにある染色体は網の目のように分散しておりますが、大きな核仁もみえます。それでやがて成熟が始まりますとその卵核胞のジャーミナルベシクルの形がつぶれまして、中に染色体が固まってまいります。そして第1減数分裂が起こりまして第1極体が放出されるわけであります。ミトコンドリアの固まりもみえます。染色しますとやはり染色体は卵の中でそのような形でとどまっているのがみえます。この時期で細胞は受精を待っているわけであります。精子がやってまいりますと周りに幾つも精子が集まってまいりますが必ずしも全ての精子が卵とくっつくわけではありません。精子というのは非常に染色液で染まりにくいものでありますが、いったん先が卵の表面 にくっつきますと途端に染色性が回復しまして染色物質と染色体との反応が起こるようになります。やがて精子の核が少しずつ膨らみます。精子の刺激によりまして第2減数分裂の中期で中断されておりました減数分裂が再開されまして卵の染色体が2つに分かれ一方は第2極体の中に放出されるわけであります。大きい核の方が精子の核でありまして小さい核の方が卵の核であります。それが融合いたしましてやがて第1卵割、第1の細胞分裂が起こります。第2極体に放出された染色体は固まっていてやがて分解していきます。やがて4つの細胞に分かれてまいります。さらにそれが数を増やします。そして最後に胚盤胞(ブラストシスト)という状態になりまして、この時期になりますと間もなく子宮に着床して胎児の発生が始まるわけです。 ところで先程申しました、なぜ卵成熟が必要なのであるかということに対する質問に対して今世紀の初めに1つの実験がなされました。それは次のような実験であります。扱いやすい動物として当時は海産動物、この場合はセレブラトルスという貝の仲間の卵でありますが、卵母細胞を2つに切りまして卵核胞を持った方と持たない方とを分けまして海水の中に浸しますと海水に浸すという刺激によりまして成熟が始まります。そして成熟して精子が中へ入れるような状態になった時にこの精子をかけますと卵核胞のあった卵片だけがちゃんと受精をいたしまして分裂を始めますけれども、卵核胞を持たなかった卵片は精子は受け付けるのではありますがその精子は中では活動が出来なくて分裂出来ない。これらの実験は卵核胞の内容が細胞質の中に存在しなければ、細胞は分裂能力を獲得出来ないことを示しています。従って卵核胞の細胞質の中への物質の供給が卵成熟の一番大事な面 であって、それが細胞分裂の能力を回復する原因であるという結論になってまいります。この場合は2つに切る時期を遅らせまして卵核胞がなくなりまして、そして卵核胞の物質が両側に分配された後で切りますと、両方の卵片が受精によって細胞分裂を再開する能力を得るということになってまいります。この問題は1900年の初頭に一応結論が出されたんでありますが、その後60年間この研究に関してその続きが全くございませんでした。
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