2000.6.5

 

  19. 老化制御の研究
 

 

 昭和50年頃からわが国でもライフサイエンスと言うことが広く話題になるようになり国の特殊法人である理化学研究所(理研)が中心になって次々とプロジェクト研究が行われるようになった。老化もその一つに取り上げられ、私も委員の一人として "老化制御の研究" についてまとめることになった。私も老化の基本的なことが何も分かっていないのにいきなり制御と言うのに驚いたが、基礎研究は大学でやるので理研では目標を設定した計画研究をやるのだと言うことであった。いろいろと議論した末に、老化制御をするには、制御出来たかどうかの物差しが必要な筈で、まずそれを明確にすべきであるということになって「老化制御指標の設定に関するプロジェクト研究(昭和53年−62年)」が発足した。ヒトから実験動物、細胞からDNAに到るいろいろの対象についてその老化に伴う変化が調べられ、その成果は "老化指標データブック" (朝倉書店1988)という立派な報告書にまとめられた。

 私はこの研究には研究審査会委員という形で参加したので、研究進行中にも何度も発言し、今でも考えていることを述べてみたい。老化をするといろいろの働きが低下する。それを出来るだけ広くしかも定量的に調べあげていこうとするのが基本的姿勢である。しかし本当に老化制御を考え、それを個々の人の健康維持にも役立てたいとすれば、老化すればこの働きはこのように変化しますという曲線を示すだけでは不十分である。老化の特長は働きの低下だけではなくその個人的なばらつきの拡大にあるからである。ところが、研究者は何かの測定をする時に個体差の大きなものは取り扱いにくいので、ばらつきの小さいものこそ真の変化が見つかるとしてそのようなものにばかり注目し、ばらつきの大きいものは無視し勝ちなものである。

 老化の場合に個人にとって大切なのはどんな機能は一様に変化し、どんなものは個人差が大きいかを知ることである。ばらつきの大きいものは個人の努力によってその低下を最低限度にくいとめられる筈である。反対に一様に低下するものを知ることは思わぬ事故を防ぐのに役立つであろう。その一例は平衡機能の低下である。80才で元気でジョギングをしていた老人が自動車事故に会って亡くなったという例は、一寸した石につまづいても転げるのが老人であることを忘れて自信がありすぎた結果ではなかろうか。反対に足腰や頭脳は使わなければどんどん衰えていく。このようなものには個人差が大きい。このようなものこそよく使って衰えないように心掛けることが必要である。

 さてそれからまた10年以上の月日が経ったが、老化制御は可能になったであろうか。いやとてもその様には思えない。その後の研究は二つの方向に分かれているように思われる。一つは寿命を制御くる遺伝子の研究である。線虫という小さい虫について幾つかの寿命を左右する遺伝子が見つかった。寿命をのばす遺伝子を持つ個体はまたストレスに強いことが興味をひく。もう一つの方向は長寿者や日本のように寿命のながい集団の研究から長寿の秘訣をさぐろうとするものである。その興味の中心は遺伝よりは生活習慣にある。そこで日本人の長寿と日本食の良さなどが注目されている。また京大の家森教授たちの世界の食餌と循環器疾患との関係の研究などが一つの具体的な例である。(一般向けには例えば、家森幸男著「やっぱりあった長寿の秘訣」KKベストセラーズ1993 初版\780など。)

 

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