2. 世界の高自然放射線地域
自然放射線の量は日本の中でも地域によりさまざまで、北海道、東北、関東地方は少なく、近畿、中国、四国地方で多くなっています。
西日本と東日本とで放射線の量に差があるように、世界には大地放射線の量が日本の数倍以上の地域があります。中国の広東省にある陽江県、インドのケララ州を含む西海岸、ブラジルのガラパリ(現在は再開発が進み海岸だけが自然放射線の高い場所として残っている)およびイランのラムサールが有名です。図 1 は、近畿大学の森嶋彌重教授が 1993 年国連科学委員会報告書よりまとめられた「世界各地の大地から受ける年間の自然放射線量」の分布図です。大地放射線が多くなるのには、いろいろな原因があります。中国広東省の陽江、インドのケララとブラジルのガラパリでは、放射線を出すトリウムという元素を含む砂が原因であり、イランのラムサールは温泉の噴出によってたまったラジウムという放射性元素が原因です。
(財)体質研究会では、中国の研究者と協同して 1991 年以来中国・広東省陽江の高自然放射線地域住民の被ばく線量評価のために、線量測定の現地調査を行ってきました。外部被ばく線量については、個人被ばく線量計によって直接住民すべてについて測定すれば良いのですが、多数の測定をすることは難しい。そこで、サーベイメータで測定した環境放射線および居住係数(問題とする場所に人が居住する時間の割合を示す係数)から個人被ばく線量を推定する間接法も採用してきました。外部被ばく線量は環境放射線に大きく依存することにより、環境γ線線量率を正確に測定することは重要です。また、その他インドのケララ地域、ブラジルのガラパリ地域およびイランのラムサール地域など、世界の高自然放射線地域の現地に入り、測定を行ってきました。
表1はいくつかの機関が測定したそれぞれの地域における大地放射線量の平均値および最高値を取りまとめたものです。
表1 世界の高自然放射線地域における大地放射線量(mSv/y) 地域 平均値 最高値 ラムサール(イラン) 10.2 260 ガラパリ(ブラジル) 5.5 35 ケララ(インド) 3.8 35 陽江(中国) 3.5 5.4 香港(中国) 0.67 1.0 日本 0.43 1.26
2.1 中国・陽江の高自然放射線地域
調査地域とされた広東省陽江県は、広州から車で3〜4時間のところにあります。図 2 に緑色で区分けした地域が高線量地域です。陽江県の隣に位置する恩平県で茶色の地域が比較のために選んだ普通の放射線レベルの地域です。中国・陽江の高自然放射線地域の自然放射線レベルは通常の 3 倍以上のレベル(2-5mSv/年)です。この地域には約7万人が生活していますが、その半数が 10 世代以上に渡って住み続けています。
環境放射線の測定には NaI(Tl)シンチレーションサーベイメータ(Aloka TCS-166)を、個人被ばく線量測定には電子ポケット線量計(PDM101)および熱蛍光線量計(TLD, 松下電器産業(株)、UD-200S)を用いて、それぞれ 24 時間および 2〜3 ヶ月間携帯あるいは設置して測定を行いました。陽江地域においては、屋内線量率は屋外よりも約2倍高く、部屋の壁際が特に高く、小さい部屋では顕著になり、壁から離れるに従って低くなりました。壁材料中の放射性核種分析を、Ge 半導体を検出器としたγ線エネルギースペクトルの測定により実施した結果、レンガ中の232Th および238U の崩壊生成核種濃度が対照地域のレンガに比べ約数倍であるること、村全体の線量を測定し分布を調べた結果、村の中央に位置する線量が周辺部よりやや高いこと、および屋内線量率と建物の建築年代との間に逆相関があり、新しい家では低いなど、同じ村でも建築材料中の放射性核種のレベル、建築の年代、村内の家の配置状況により分布に変動があることが分かりました。
村の農作地を粘土地層まで堀り、この土でレンガを製作しています。粘土層の放射線レベルは高く、これらのレンガで作った家では、屋内線量率が高くなる原因となり、ラドン濃度も高くなりました。しかし、この地域は亜熱帯に位置し、冬季(11 月〜3 月)も温暖で過ごしやすく、夏季は高温多湿のため、寝室のみ扉が閉められて窓が小さくラドン濃度は換気の影響により変動が大きくなる傾向となりました。ほかの部屋に戸はなく 1 年中開放状態で、ラドン濃度は実際には予想よりも低くなっています。
2.2 インド・ケララの高自然放射線地域
インド南西端、ケララ州のアラビア海に面した海岸地帯に放射線レベルと人口密度から見て世界的にも有数の高自然放射線地帯が存在しています。
(財)体質研究会は、1994 年 12 月にチャバラ、ニンダカラ、カルナガパリおよびトリバンドラム市内で、NaI(Tl)シンチレーションサーベメータ(TCS-166)により線量測定調査を行いました。トリバンドラム市内では、砂上
1.5m で 0.4μGy/h、アスファルト舗装上では 0.2μGy/h と遮蔽効果で低くなっています。チャバラ・カリトラ海岸には、3〜5m
の石積みの防波堤があり、さらに 3〜5m 離れて民家が並んでいます。最も高かった所は、海岸線より 10m 位の砂地の地表面 1.5m で 8.0μGy/h
を示し、海岸線より数m毎に高低を繰り返し、帯状に拡がって分布している所もあり、ブラジル・ガラパリと同様にモナザイトの細砂が海から波とともに浜に戻り、高線量率を呈していますが、海岸線より
1.5km 位離れると 0.09〜0.16μGy/h とバックグランドレベルに減少しています。砂上に椰子の葉を屋根にした裸土の家屋およびコンクリート舗装の床の家もあり、後者は、屋内線量率は低く、砂上の家の屋内の約1/3となります。232Th およびその崩壊生成核種を多く含むモナザイトが線源となり、線量分布の変動が大きいため、住民の個人被ばく線量は、直接線量計による測定でないと正しい被ばく線量評価をすることができないと思われます。また、この地域の住民のうち、男性は海上で漁師として働きますが、海上では放射線量率は
0.027μGy/h と低く、宇宙線の一部を測定されたのみで、1 日中砂上で生活する女性に比べて、被ばく線量は低くなり、環境線量率の測定は大変難しくなります。
2.3 イラン・ラムサールの高自然放射線地域
ラムサールは、イラン北部に東西に延びるエルブルツ山脈の北側の麓に位置するカスピ海沿岸の町で、温泉の湧き出し地より温泉水が流れ、放射線量は温泉堆積物の分布に大きく依存するため、下流方向近辺にスポット状に高線量の地点が点在しています。このため、屋外では不規則にかつ近距離でも線量率はかなり変動しています。温泉の湧き出し口やその下流では
1m の高さで 22μGy/h 表面で 73μGy/h に達する場所もありましたが、人家や畑とは離れています。しかし、測定した近くの3軒のうち1軒の屋内線量率は非常に高く、床上
1m で 28μGy/h、壁表面では 130μGy/h に達する場所がありましたが、建築材料として近くの土壌を使用しているものと思われます。寝室の線量率
15μGy/h、屋内平均線量率 9μGy/h、屋外の畑等の平均線量率を 1μGy/h とし、それぞれの居住係数を 0.29、0.38 および
0.33 とすると、年間の外部被ばく線量は 71mGy(71mGy/y)と推定され、現在測定に入った所では最高値を示しました。採取してきた温泉堆積物など土壌の
Ge 半導体を検出器としたγ線核種分析では、線源の主要核種は,226Ra とその崩壊生成核種が原因であることが確認されました。居住している人家は少ないですが、染色体異常など細胞遺伝子学的研究が行われています。
2.4 ブラジル・ガラパリの高自然放射線地域
1998 年 9 月にガラパリで線量測定調査を行いました。NaI(Tl)シンチレーションサーベイメータ(ALOKA TCS-166)により測定を行いましたが、海岸付近など特異な地点を除くとガラパリおよびメアイペの路上における線量率は
0.1〜0.4μGy/h であり、屋内についても最高 0.4μGy/h でした。UNSCEAR の報告によりますと 1960 年代の測定値 1〜2μGy/h
に比べてかなり低く、道路の舗装化並びに建築材料と構造の変化など、都市化に伴ってガラパリ周辺の自然放射線環境が変化したことが考えられます。この地帯は長く伸びたブラジル大西洋岸に平行に走る山脈中の古期片麻岩の長年の風化と分解によって、チタン鉄鉱ジルコナイト・モナザイト鉱物が自然に分離し、細粒となり、川や海に沈積し、海から波とともに小さな砂として浜に戻ってきたといわれています。ガラパリ砂浜における線量率は最高で
6.2μGy/h、表面では 15μSv/h に達する黒い砂もありましたが、黒くない所は 0.09μGy/h でした。当地方では、砂浜の黒い砂は健康に良いと信じられており、砂風呂の感じで療養している姿が見られました。採取した砂や土壌の核種分析では232Th濃度は〜38.4kBq/kg、226Ra は〜4.09kBq/kgと232Th 含有量が多い結果が得られています。