2001.9.1
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9. 耳が遠くなる話 |
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三月か四月か記憶は定かでないのですが、ある日電話を取ったところが、がやがやと音は聞こえるのですが話が聞き取れません。「どうやら電話機が故障らしい。別のと取り替えてくれませんか。」と言うことで電話機を変えてもらっても同じです。それからは電話が怖くなりました。「菅原先生、電話です。」と言われるとドキッとするのです。先方は何か用事があって掛けてくるのに違いはないのですが、私にはその用件が半分も分からず、何とかごまかして「あ、では兎に角一度来てください。」とか言って、用件は会ってからということで何とかすごしてきました。親しい人には「どうも電話はよく聞こえないのでFaxかメイルにして下さい。」と頼みました。 5月になって軍隊時代の仲間の会が琵琶湖畔でありました。見ると補聴器をつけた連中が沢山いるではありませんか。その1人に「貴方の補聴器はうまく役立っている?私も最近耳が遠くで困っている。」と話しましたら、相手は「軍医さん、先生は電話ノイローゼに掛かっていませんか。私も一時それになったからよい方法を教えましょう。電話につけるよい機械があるのです。それを付ければ電話ノイローゼはいっぺんに解決しますよ。」というわけです。 それから数日して彼からカタログが送られて来ました。電気屋の買いに行くつもりで何日か経ちました。そんなある夜、日本フィルの石井ご夫妻のコンサートがあって家内と一緒に出かけることになりました。そこでバイオリンの高い音を聞きながら、ふと老人の聴覚は高音部からおかされるという昔習った教科書の記事を思い出したのです。さて自分のはどうでしょうか、と片方づつ耳を塞いで聞いてみました。すると何と驚いたことに、聞こえないのは何時も電話を聞く右だけで、左耳はちゃんと聞こえるではありませんか。 翌日から電話は右の耳で聞くということで万事うまくいったと思っていたのです。ところがある電話で「先方の番号が変わりました。新しい番号は045-910-115?です」というのですが、何度聞いても最後の数字が分かりません。とうとう秘書に「すまんが、一寸これを聞いて」と頼んでようやく数字を聞き取ってもらったら1152でした。やっぱり良いように思っていた左も大分聴力が落ちているということです。 それから数日して、京大の耳鼻科の名誉教授が趣味でやられている陶磁器の個展を拝見にいきました。そこでこの話をしたら、「それは多分突発性難聴*ですよ。一度診察にこれらませんか。」と言われました。私は風邪か何かがもとでの中耳の異常だろうと思っていましたので、あっと驚いて早速数日後に診察を受けました。診断は矢張り突発性難聴ということでした。そのご症状が安定するまで治療をしてやがて補聴器をどうするかということになっています。補聴器の話はまた別としてもう一つ情けない話をしましょう。 9月になって、かねて予約してあった音楽劇「三文オペラ」を大阪に家内と観に行きました。これは歌とせりふの混じった喜劇です。そのせりふで聴衆がわっと笑う、勿論家内もよこで笑っています、ところで、私には雑音だけ聞こえて何がおかしいのか全く分からないのです。これには参りました。また楽しみが一つ減った、と思うと何となく心細い気持になりました。これが補聴器で吹っ飛べばよいのですが。何だか私のには補聴器を合わすのが難しそうな先生の口ぶりだったのが気になっています。 それでも、まだこうやって本を読み、物を書く楽しみだけは残されていると自分では慰めているのですが。人間年とともに、こうやって一つづつ機能が落ちていくものなのでしょう。若い人達には「いよいよ勝手つんぼになるよ」と強気で笑っているのですが。
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