2001.11.1
|
||
11. ハイパーサーミア(がん温熱療法)をめぐって |
||
私は大学で放射線の生物作用を研究しておりましたが、医学部の出身者として最後には何か医学に直接役立つようなことをしたいと思っていました。そこで昭和50年(1975)文部省の科学研究費がん特別研究の班長を仰せつかったときに「放射線治療に於ける感受性の修飾」というテーマを掲げて共同研究を始めました。その頃千葉の放射線医学総合研究所で加速器を使った中性子治療というのが始められ、その成果が新聞に大きく報道されました。そこで私はこれに対して私達の研究は「貧乏人のサイクロトロン」計画だと名乗りました。サイクロトロンと言うのは加速器の代名詞のつもりです。私の意味は、貧乏人にはサイクロトロンのような高価なものは使えないが、それに負けない成果を頭脳を使って達成しよう、ということです。 正常組織を護りながら放射線でがんを叩く放射線防護剤、反対にがんの部分でだけ放射線の作用を高める増感剤、がん細胞が折角の放射線作用を修飾してしまうのを抑える修復阻害剤、それにがんの部分を43度位に加温して放射線や化学療法剤の作用を高めるハイパーサーミアの4つが当時考えた方法です。「貧乏人のサイクロトロン」にふさわしく、この計画は発展途上国のがん治療にも役立つ可能性があるということで、国際原子力機関IAEAの国際プロジェクトにもなりました。大きな期待をもって世界中で研究がすすめられ、私もIAEAの国際会議を皮切りに、ハイパーサーミアについてと薬剤によるものと2つの国際会議を日本でお世話しました。 しかし、残念ながら薬剤による方法は動物実験ではうまくいっても、結局副作用のために最後の臨床試験で失敗におわり、未だに日常に使える物は出来ていません。そのうちに人々の興味が遺伝子関連に移ってしまいました。そのなかでハイパーサーミアだけは、正式に健康保険がみとめられ、日常のがん治療に活用していただけるようになったのです。それは上にも述べましたようにもともと放射線や化学療法の作用を増強するということで開発されたものですが、それ単独でも選択的にがん細胞を叩く作用があることが分かって来ました。 その併用効果は子宮頚がんなどの限られた部位についてですが、日本、欧州で二重盲検法で証明されています。では他の部位ではどうかということですが、温度を高めた時の効果は部位によらず原理的には同じと考えられるので、試みる価値はあると考えています。民間療法にいろんな温熱療法というのがあって、それと混同しやすいのでわれわれは敢えて英語のままハイパーサーミアと言っているのです。がん治療の専門家といわれる方でもときにこれを民間療法と間違っておられる方があるようで、大変残念です。間違わなくても無視される方も少なくありません。そのような方も患者さんのことを考えて少しでも役に立つことは活用するといった広い心を持って頂きたいものです。積極的に否定される方は、大抵アメリカのことを引き合いに出して、「アメリカでは、ハイパーサーミアは期待はずれだったということで、今ではもう使われていない。」と言われます。そうです、アメリカは加温装置の開発に失敗したのです。それでもようやく最近になって装置を改造し勢いをもりかえし、少しづつ広がりつつあるようです。それよりも、アメリカで失敗したものが、日本で成功したら大いに喜んで活用するべきではないのでしょうか。 我が国では多くのがんに化学療法が使われています。しかし、その副作用について大いに問題があるようです。ハイパーサーミアをうまく使えばいくつかの化学療法剤の制がん効果を強めることが出来ます。従って化学療法剤の投与量を減らし、腫瘍部分を加温することで、副作用無く新たな効果を期待することが出来ます。これこそがん治療医として新しい独自の治療法を開発して頂く良い機会ではないでしょうか。ハイパーサーミアは蓄積性の副作用が全くありませんので、何回でも繰り返し使えるというのも注目すべき特長ではないかと思います。 問い合わせの患者さん達の声を聞くたびに、老基礎医学者として思うことを、がん治療に当たられる医療関係者へのお願いをこめて書きました。ご無礼の段お許し下さい。 |