2003.11.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  6.本をつくる
 


 現役を引退した科学者として、出来るだけ視野を広げ、科学の面白さと社会との関係を、出来るだけ分り易く広く読んでもらう本にして示す、ということは私の目指している事のひとつです。こうして「21世紀の健康と医生物学シリーズ全5巻(昭和堂)」を皆さんのご協力特に山岸秀夫京大名誉教授のそれを得て出版しました。私としては第一線の研究者の講演をもとに、これからの健康問題と医生物学のあり方を考えるよすがを提供したつもりでしたが、期待したほどには読まれていません。矢張り少し押し付けがましく、専門的過ぎて難しくて理解しにくかったのかと、反省しました。

 その頃私にはもう一つ問題がありました。それはがんの温熱療法のことです。これの普及のために数年前からホームページにその欄を設けて、その意義を説明もし、ご質問にも答えてきました。そこで分ったことは、患者さんはもとよりがん治療医も、殆どこのことを知らないということです。1975年以来研究を積み上げ、健康保険にも採用されている治療法が、殆ど無視されているという現実です。これに対する対策として出来るだけ広く読まれる本を書いてみようと考えたのです。その結果できたのがこの10月に発売された岩波アクテイブ新書「菅原努・畑中正一:がん・免疫と温熱療法」です。

 “今までに作った本に対する反省から、分り易く読みやすいことに主眼をおく。しかし、がんについては「***でがんが治った」といった本が沢山出ているので、科学的な点でこれらとは明らかな一線を画するものでなければならない。また温熱の科学としてさらに広く発展する可能性を示唆したい。最後に出版社のベテランの編集者の意見を尊重する(実際には岩波書店の桑原正雄さんのお世話になりました)。”

 このような考えをもとにこの本が出来ました。今までに頂いた批判では、確かにわかり易くはなった、しかし、突然図、表が出てきてとまどった、ということです。自分としては科学的な量的評価と、実際の治療にあたった医師や患者の話という質的評価を共存させるという新しい試みであると自負していたのですが、どうやらそれは独りよがりだったのでしょうか。今はただ本の売れ行きと読者の感想を待っています。

 今もう一つ次の本の構想を練っています。それは20年余続けて来た放射線リスクの問題です。これは放射線リスク検討会という仲間で勉強してきたことを纏めようということです。自然にもあり人工にしても微量の放射線の影響をどのように受けとめるのがよいか、何とか新しい考え方を盛り込みたいと苦心をしています。これと平行して財団の事業としても、新しい出版計画を練っています。老人が若い世代と、また文科系と理科系が協力してどこまで社会に役立つことが出来るか、計画中です。ご期待ください。

 

 
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