1999.9.1

 
   
  2.この100年:放射線作用研究の3段階
 

 

 1895年ドイツのレントゲン博士が人体を透過する新しい線としてX線を発見して、これは不思議なものとして人々の関心と注目を集めました。人の心まで見透かされては大変と心配をする人もあったとか言うことです。しかし、それが人の身体にいろんな傷害を起こすことに気付くまでには10年もかかりませんでした。初めは皮膚に火傷の様な傷害が出来る、毛が抜ける、血球が減るといったことでしたが、10年も経たない内に皮膚にがんが出来ることも分かってきますた。この皮膚の傷害から逆に皮膚癌の治療に試みられるようになりました。

 このように、初めの50年位の間に今知られているような大量の放射線を浴びた時の症状は殆ど明らかになりました。しかし、それがどうして起こるのかということは殆ど分からず、いろんな説が立てられているに過ぎませんでした。でもその中であとの時代に継がれて発展していったものもあります。それはLeaと言う人が書いた放射線の作用Action of Radiation 1946という本です。私もこの本を読んで放射線の面白さにひかれたのです。詳しいことは後で述べますが、放射線は細胞に一様に作用するのではなく、その中の中枢に当たる小さな点、人で言えば脳のようなところ、に弾を撃ち込むように当たり破壊することで細胞を殺すのだという考え方です。これをその通り的弾説target theoryと言います。これで総カロリーとして極めて小さい放射線が人をも殺すような強い作用をするのが説明できるのです。ここまでのところを第一の段階とします。

 しかし、これではウイルスや細菌のようなものについては説明が出来ても、人やネズミがどうして死ぬのか未だ説明が出来ません。殊にネズミが死ぬような放射線を、取り出した細胞にかけても細胞はなかなか死にません。細胞は生体内にある時と生体から取り出したときとでは放射線に対する反応が違うのかという疑問が出てきました。この問題を一挙に解決したのが、アメリカの生物物理学者T.T.Puckです。彼は動物の細胞をばらばらにして1ケづつ培養し、それが肉眼的なコロニーを作らせることに成功したのです。放射線を掛けた後この方法でコロニーが出来たものを生きた細胞、出来ないものを死んだ細胞と区別することによって細胞の生存率を求めました。そうするとネズミが死ぬほどの放射線をかけると細胞の生存率が10%位になり、これではネズミが死ぬのは当然ということになったのです。これが1956年のことで、これを境にして新しく放射線細胞生物学という分野が発展しました。そのうちに細胞の中のDNAの壊れ方も調べられるようになり、放射線で一旦壊されたDNAが大部分はまた自然に元のように直ることがわかりました。さらに培養細胞の突然変異は勿論がん化もモデル的には調べられるようになり、遂にDNAの損傷、突然変異、がん化というモデルが出来ました。これを私は第二に段階と呼んでいます。

 これで放射線の作用の本体ことに発がんの機構が分かったということで、兎に角DNAに傷がつくと、その大部分は直っても僅かながらもそれが突然変異につながりやがてその一部ががんになるという解釈が正式のものになりました。これを根拠に国際放射線防護委員会もその防護の勧告を定めました。ところが、これらの研究で使われた放射線の量はわれわれが日常問題にしているようなものではなく、全身に浴びれば死ぬようなものからさらにその何倍かという大きなものです。それはそのような大きな量でないと実験で傷が検出出来なかったからです。ところが1980年代から実験の技術が進みもっと少ない放射線量でも変化が検出出来るようになりました。そこで今まで分かったと思っていたことに幾つもの疑問が出てきました。それは、低線量の時は細胞はDNAの変化より細胞全体の変化を感じているらしい、放射線を受けたあとコロニーを作った細胞は完全に無傷で生きの残ったものと思っていたが、そうではなく遺伝的に不安定で次々と染色体異常や突然変異を起こす、出来上がったがんに見られる突然変異は放射線が直接に作るものとは違うようである、など、いろいろあります。このことは、第二の段階で分かったと決めつけていたことを、もう一度よくより細かく見直して、全体の話を立て直す必要があると言うことです。これが今の状況でこれをわたしは第3の段階と呼びたいと思います。

 私達はこの第3段階への変化を大きな考え方、基本構想の変化ととらえてパラダイムシフロと呼びたいと思っていますが、その変化がどれだけの飛躍であるかは、これからの学問の進歩によります。それが本当のシフトになるか、一寸した手直しにすぎないのかは、これからの研究の発展にまつところです。このお話が終わる頃にどのような所に行っていますか、楽しみにしておいて下さい。

 このような全体の流れを頭に置きながら、これからもう一度第一の段階から順に放射線とは何か、それは生命にどう働くのかということを見ていきたいと思います。どうかつき合って下さい。

 

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