工場で石炭を燃やすと二酸化硫黄が出るのでそれを除くために集塵機をつけることが義務づけられている。するとこうして集塵機で集めた物をどこかに捨てねばならない。捨てるとその周囲を汚染する。また集塵機はエネルギー効率をさげるので、温室効果ガスの二酸化炭素の排出を増すことになる。飲料水の細菌汚染を防ぐために塩素処理をすると、トリハロメタンなどの発がん物質が生じる。このようにあるリスクを減らそうとする努力が、思いがけない他のリスクを生むということが少なくない。これをリスク対リスクととらえ全体としてのリスクを減らすにはどうすべきかを考えようというのがこの本の狙いであり、それが書名にもなっている。
本書は20年近く放射線の健康リスク問題を検討してきた科学者のグループがその検討資料として取り上げたものの一つであるが、広くリスク問題を取り上げているので大変参考になった。そこでこのような本はもっと広く読まれるべきだと考え、内容の正確を期する為にそのグループに水処理、農薬、法律の専門家を加えて分担して執筆したものである。最近の環境問題への取り組み、殊にリスクからの切り口に新しい考えを示すものとして広く推奨したい。できるだけいろんな方に読んでいただくべく、訳文についてはできるだけ平易に読みやすくするべく心がけたつもりである。読者としてはまず関心のある問題の章、たとえばガソリンの節約、安全な飲料水、鉛のサイクル、農薬の規制、地球環境などから始め、その後で序章に戻って全体を理解するというのも、一つの読み方であろう。それでリスクトレイドオフという聞き慣れない言葉を理解していただければ訳者として望外の喜びである。
リスク対リスク
目 次
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日本語版への序 |
解説 |
第一章 リスク・トレイドオフとはどういうことか |
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- リスクを減らす国民運動
- リスク・トレイドオフという 現象
- リスク・トレイドオフ解析(RTA)の枠組み
- リスク・トレイドオフ解析(RTA)の応用
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第二章 更年期障害に対するエストロゲン治療 |
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- 更年期の健康リスク
- エストロゲン補充療法
- エストロゲン治療の対抗リスク
- リスク対リスクの評価
- 結論
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第三章 高齢ドライバーの運転免許問題 |
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- どの年齢でも危険か?
- ドライバーが高齢になるほど大きいリスクをもたらす理由
- 高齢ドライバーのリスクの低減のために
- 年齢を規準としないリスク低減へむけて
- 運転する特権の差し止めに伴う対抗リスク
- 過失リスクの合理的許容限界は?
- 結論
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第四章 ガソリンの節約と生命の救済 |
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- 石油消費のいろいろなリスク
- 議会がデトロイトを統制する
- CAFEの目標リスクへの強い影響
- より厳しいCAFE立法のいろいろな安全リスク
- CAFEはいろいろな安全リスクを無視
- 安全の関心事、公になる
- 結論
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第五章 魚を食べる |
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- 魚を食べることのすすめ
- 魚を食べることの健康利益
- 魚を食べることの対抗リスク
- リスクの重みづけ
- 予防の戦略
- リスクについての特別な住民と「魚に関する助言」
- 結論
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第六章 安全な飲料水を求めて |
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- 安全な飲料水に欠かせないもの
- 塩素消毒のリスク
- 塩素処理しない場合のリスク――病原菌による病気
- 塩素消毒による病原菌リスクの削減
- 塩素消毒の代替法
- リスク対リスクの比較検討
- リスク管理
- 結論
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第七章 鉛のリサイクル |
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- 鉛のリサイクルに対するEPAの責務
- EPAのリスク解析
- EPAの決定
- 結論
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第八章 農薬の規制 |
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- アメリカの農薬規制
- 代替手段のリスク
- マンネブの物語
- ひとつのガン・リスクともうひとつのリスクとを交換するか?
- ガン・リスクと他の健康リスクとを交換するか?
- 新しいリスクと古いリスクとを交換するか?
- 農薬のリスクと病害虫のリスクとを交換するか?
- 相対的効力
- ひとつの農薬と多数のものとを交換するか?
- 農業現場でのリスクとそれより離れた地点でのリスクとを交換するか?
- 農薬のリスクと栄養リスクとを交換するか?
- 結論
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第九章 地球環境の保護 |
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- オゾン層破壊の脅威
- 地球温暖化の脅威
- 結論
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第一〇章 リスク・トレイドオフの解決をめざして |
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- リスク・トレイドオフの源泉
- リスク・トレイドオフ解析の決定過程への組み込み
- 医療決定における進歩
- 政府決定における進歩
- リスク削減のための新しいパラダイムに向けて
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事項索引 i |
略語対照表 iv |