2014.9.1
 
Editorial (環境と健康Vol.27 No. 3より)

高齢社会と総合診療専門医


小西淳二

 

 

 今年、2014 年は「団塊の世代(1947−49 年生まれ)」が全て 65 歳以上になる、ある意味でエポックメーキングな年です。財団の主たる公益活動「いのちの科学」の研究では、今年度から 5 年間のテーマを「少子高齢社会を生きる」としました。

 我が国の医療は色々な問題を抱えながらも、国民皆保険制度のおかげで、世界に冠たる長寿を実現してきました。しかし、国の医療費は 2011 年に 38 兆円に達し、介護費用と合わせると 47 兆円を越えており、急速に進む高齢化と少子化のなかで、如何にしてこの国民皆保険制度を守るのかが、喫緊の課題となっています。このため 2010 年以来検討されてきた「社会保障と税の一体改革」では、消費税の引き上げによる財源での社会保障の安定化が進められようとしています。

 具体的に医療・介護について見てみますと、患者ニーズに応じた病院・病床機能の分化と地域包括ケア体制の整備という二つの柱で、医療・介護サービスの効率化を図り、来るべき困難な時代を乗り切ろうとしています。地域包括ケア体制の整備を進める上で、医療現場において今最も望まれているのは「かかりつけ医」の復活です。ここでいう「かかりつけ医」とは、昨今話題の「総合診療医」、テレビの Dr. G でお馴染みの general physician です。総合診療医の必要性については、2 年前の本欄(25 巻 3 号)で述べましたので、ここではその後の進展について述べることにします。

 高齢の患者さんは生活習慣病、循環器疾患、癌や感染症などの複数の疾患を併せ持つことが多く、また、社会的な問題(独居、障害など)も含めて全人的な医療を必要とするのが特徴です。したがって、このような患者さんを診る医師は、日常遭遇する多くの疾患を最初に診てどうするかを決め、その後の継続医療を自ら行ったり、場合によっては専門医に紹介するというプライマリ・ケア能力を持つと共に、地域の健康問題をマネジメントする能力を持たなければなりません。これら二つが総合診療専門医の専門性です。領域別専門医は「深さ」が特徴であるのに対し、総合診療専門医は「扱う問題の広さと多様性」が特徴です。

 この「総合診療医」がようやく新たな専門医として認められることになりました。併せて、我が国の専門医制度の大改革が行われようとしています。すなわち、これまで我が国の専門医はそれぞれの学会が独自に認定したものであったのに対し、2017 年度以後は、「総合診療医」を含む 19 の基本領域の専門医は全て学会から独立した第3 者機関により認定されたプログラムの下で研修し、認定を受けることになりました。このため、専門医を統一的基準で認定する第3 者機関として「日本専門医機構」が今年 5 月 7 日に発足しました。新しい専門医制度は、2014 年から 15 年にかけて研修プログラムを策定、16 年に初期研修医(2 年次)に研修プログラムを提示、17 年より新制度による後期研修を始め、20 年から 21 年にかけて新専門医の認定を行なうという、タイムテーブルで準備が進められています。

 これまで強い専門医指向で、分化を重ねて来た我が国の医療システムは、臓器別診療においては世界に伍するレベルを達成しましたが、患者を全人的に診る医師が育たない欠点を有していました。この専門領域が認知されないばかりに、幅広く高齢者を診る医師がキャリアを積む進路がなく、若い人が育たなかったのです。目下、総合内科あるいは総合診療科の看板を掲げる病院が増えつつあります。総合診療を担当できる医師を確保して、新たな専門医制度に対応する研修プログラムを作り、若い総合診療医の養成に備えるためです。研修プログラムの開発、準備には、これまでキャリアを自ら切り開いて地域医療に献身してきた、この分野のパイオニアとも云うべき医師たちが加わっています。これらの指導者の魅力が、若い医師達を引きつけ、これからの地域医療の担い手が全国で数多く育っていくことを期待します。新専門医制度へのもう一つの期待は、専門医ごとの研修プログラム制をとることで、採用・養成できる数が、ある程度決まるため、医師の診療科偏在の是正にもつながることです。

 最後に本誌の発行所である公益財団法人体質研究会の事務所移転について一言触れさせて頂きます。本号 392 ページにご案内の通り、当財団は 1988 年より住み慣れた百万遍のパストゥール研究所ビルから、このたび同じ左京区内で、下鴨神社、糺(ただす)ノ森に隣接する生産開発科学研究所の 4 階に移転しました。すなわち社会状況の変化に伴いこれまで支援を頂いてきたスポンサーにも異動があり、今後の持続的な活動を維持する為には、財団の運営について見直しが必要となりました。そこで、先ずオフィスを縮小して経費削減を図ることを手始めに、体制を立て直し、再出発することに致しました。これまでの活動で培ってきた幅広い人材のネットワークを生かし、従来にも増して公益活動を発展させていきたいと考えておりますので、今後ともご支援をよろしくお願い申し上げます 。

 なお、先の公益法人制度改革により、新たな公益法人に対する寄付の税優遇が受けやすくなっており、従来の所得控除だけでなく、一定の要件を満たせば税額控除を受けることが出来ることになっております。当財団においても、財政基盤の強化のため、広く一般からのご寄付を募っていきたいと存じますので、ご協力賜りますようお願い申し上げます。

 


(公財)体質研究会理事長、京都大学名誉教授(核医学、内分泌学)