2009.3.4
 
Books (環境と健康Vol.22 No. 1より)

 

鰺坂 学・小松秀雄 編

京都の「まち」の社会学


世界思想社 ¥3,000 +税
2008 年 10 月 20 日発行 ISBN978-4-7907-1366-1

 

 

 本号 Books で、野生チンパンジーとヒトとの共生、アフリカ狩猟採集民ブッシュマン社会の平等主義の復権を取り上げたが、本書は千年の都であった京都の「まち」をモデルとして取り上げ、都市化した中での人間共生の知恵を社会学的に考察したものである。全 10 章は内容的にほぼ 3 部に分けられ、(1)職住近接の互助組織としての地域社会の強み、(2)「美しい日本」の特徴を象徴する例としての祇園祭、景観、京町家、観光、老舗(しにせ)、職人、(3)グローバル化の中での「京都らしさ」の構想と新しい伝統の創造が述べられている。

 京都市都市部の地域社会の起源は、遠く 500 年以上前の応仁の乱での町家の自衛組織まで遡るが、江戸時代に互助組織として定着した町組は、幕末の蛤御門の変での焼き討ちにもかかわらず再生し、明治政府の学制公布(明治 5 年)に先駆けて、府の下付金に加えて自主的な寄付で、各町組の連合体ごとに小学校を 64 校も建設するほどの柔軟な新しい文化への適応性と財力を有していた。「伝統を活かしつつ革新を遂げる」京都人の知恵とも言えよう。しかも、その後の好、不況の貨幣経済の荒波の中で種々の伝統産業を引き継いできたのは老舗であり、身分相応に暮らし、不断に再生産し、拡大経営を行わないとの家訓によるところが大きい。この「温故知新」は、現代の「人間共生の知恵」に通じるものがあろう。

 とはいえ西陣織に代表されるように、産業構造の変化による伝統産業の衰退は否めず、町と町の連合体という京都の暮らしの基層がゆらぎ、代わりに高層住宅に新しい住民を迎える中で、それまでの互助・互酬が自明に成立しなくなってきている。「京都らしさ」の象徴とされている町家の景観保存か、住民生活優先かの課題も重くのしかかっている。そこでは、ボランティアネットワークに支えられる町家の祭礼、伝統芸術の場としての花街、多様な歴史観光、生きがいとしての「ものづくり」などが見直されることであろう。

 京都市は人口ほぼ 150 万の全国第 7 番目の都市であるが、郵便番号簿を見ると延々と 17 ページに及び、東京 23 区の 4 ページ弱、大阪市の 2 ページ強をはるかにしのいで、断然トップである。消防庁の統計でも、木造家屋の比率が高いにも拘らず、火災発生率は全国大都市中で最も低い。これは江戸中期からの町の伝統的単位が生き残り、自主的な防火体制として表れていることを示している。2007 年に京都市景観条例が制定されたが、受身の保全から、連続する伝統文化の再構築を目指す、新しい「京都らしさ」のイメージが求められると結んでいる。

 

山岸秀夫(編集委員)