2009.3.4
 
Books (環境と健康Vol.22 No. 1より)

 

田中二郎 著

ブッシュマン、永遠に。−変容を迫られるアフリカの狩猟採集民


昭和堂 ¥2,300 +税
2008 年 11 月 10 日発行 ISBN978-4-8122-0849-6

 

 

 本書は、狩猟採集民として、南部アフリカのカラハリ砂漠に数千年前から住み続けた小柄の民族、ブッシュマンと生活を共にし、40 年以上にわたって観察した貴重な記録である。その一部は、昨年現地から帰国された友人の高村泰雄さん(作物学)から伺っていたので、評者はその生活に大変興味を持っていた。

 ほぼ600 万年前に、ヒトとの共通祖先から分岐したチンパンジー属の西田利貞さんによるほぼ 40 年の野生観察記録が、本誌 Books 談義 9(21 巻 4 号、本号)で取り上げられている。いずれも狩猟採集の生活という点では共通しているが、チンパンジーは森に住み、ブッシュマンは荒涼とした半砂漠に住む「藪の民」である。彼らは 50 人程度の小規模単位で、水と食物を求めて遊動するので、著しい言語の差異を生じた。しかし著者らがその日常会話を聞き取り、テープに記録し、ローマ字表記した「ブッシュマン語」の文例集と簡易辞書は、近代文明と出会う以前の人類の姿を知るための貴重な資料となった。狩猟は男性の仕事で、個人的に行われるが、一旦仕留めた後は共同作業となる。植物採集は数人の女の仕事であるが、生活を支えるために地下茎を掘り起こし、多種の昆虫も調理した。家族を社会単位として、離合集散する居住集団の中の分配のルールは完全な平等主義であり、必要以上のものは収穫しなかった。

 本書の後半では、1960 年代の自然と共生したブッシュマンの社会が、1980 年代以後近代文明との接触によって崩壊していく過程を記録している。この時期に、ボツワナ政府は地域の自然保護を名目として、自然保護区の一隅への彼らの定住政策を始め、井戸水を供給し農耕を奨励した。そのため散在していた居住集団が集約されて、人口増大と摩擦を惹き起こし、遊牧民の騎馬猟が導入されて富の平等分配ルールが崩れ、新しく持ち込まれた飲酒習慣によって健康を害し、政府からの無償援助によって働く意欲を失わせる事になった。その上、共通語による教育と近代医療が導入され、文明の一方的論理で固有の民族文化が破滅しようとしている。自然保護か、住民生活優先かは、大きな課題であるが、もともと現地人達は「この土地での生活がみすぼらしく悲惨なものである」とは毛頭思っていなかったし、そこから救出してもらう事は考えていなかったとのことである。実際、快適なはずの定住地から元の住処へ戻る人も多数発生したが、定住者との情報交換は相互補完的に続けられ、そのご都合主義と柔軟性の中に、かっての平等主義の名残が見られるというのは一つの救いである。

 著者らは、この乾燥地帯での牧畜産業は自然破壊に連なるものであるとして、大型耕作機によらない半野生状態の畑作を提案している。結論として、過去30 年間の定住化と近代貨幣経済への転換の過程で、したたかに適応を続けてきたブッシュマン世界の再構築の中に、近代文明が失ったものの復権を期待している。

 

山岸秀夫(編集委員)