2006.3.1
 
Books (環境と健康Vol.18 No. 6より)

井村裕夫著
21世紀を支える科学と教育


日本経済新聞社 ¥2500E
2005年10月3日発行
ISBN4-532-16534-2

 

 

 日本の科学技術の司令塔として21世紀の始まった2001年1月6日に総合科学技術会議が発足しましたが,その前身の科学技術会議のときからその議員をつとめてこられた著者が、極めて卒直にその活躍の状況を語りかける興味ある一冊です。著者も序章で次のように書いておられます。

 本書はわが国の科学技術政策と教育について、私がここ十年余りの間考えてきたこと、実行してきたことをまとめたものである。

 勿論考えられたことは大切ではありますが、本としては何より著者の実行された日本の司令塔の実際を知る資料として極めて貴重なものではないでしょうか。私達も日々新聞その他を通じて、政府の科学技術政策の動きや、教育改革のことを見聞きしていますが、これはその動きの中心にあった人物の意見もまじえた記録として興味深く読みました。

 最初に近代国家における科学技術の意義とその位置づけについて米国の例から始まってわが国のそれを論じられている始めの3章の内容は大変教えられるところが大きいと思います。この本の書き振りを示す見本として最初に読者が取り上げそうな話題について引用します。以下p.29−30の引用です。前半に実際の経過を書き、後半に著者の意見が述べられています。

 科学技術か科学・技術かについては1996年、第一期の科学技術基本計画を策定する委員会でも、最初の会合でこのことが問題となった。一部の委員は是非「科学・技術」を用いるべきであると主張した。しかし、すでに科学技術基本法が成立しており、それに基づいて科学技術基本計画を策定することが決められていたが、いずれも「科学技術」という一語が用いられている。したがって、「科学技術」か「科学・技術」かといった議論は十分深められないまま、結局は「科学技術」という言葉が用いられることとなった。

 たしかに政府やマスコミでは、一般に「科学技術」という表記法がよく用いられている。その例は科学技術庁に始まって、科学技術基本法、科学技術基本計画、総合科学技術会議、科学技術大学院大学など、数は多い。しかし、科学技術という言葉は学者の間では甚だ評判が悪い。それは科学と技術は本質的に異なるものであり、英語でも「Science and Technology」と呼ばれているからである。また、科学技術という言葉が嫌われるのは、そこに実用を、したがって技術を重んじるわが国の一般的な価値観が含意されているように感じられるからではなかろうか。(以下略)

 評者が問題にしている「安心・安全」についても同様の紹介がありますが、むしろ全体を示すためにそれは省略して、目次の章立てを以下にご紹介することにします。

 序 章  知識社会と国家戦略
 第一章  大統領の手紙
 第二章  実学のすすめ
 第三章  文明の静かな革命
 第四章  新世紀への助走
 第五章  科学技術政策の司令塔を目指して
 第六章  ニールス・ボアからルイ・パストウールへ
 第七章  研究のマネージメント
 第八章  知は新産業の泉
 第九章  わが国の経済活性化の切り札
 第十章  地域から世界へ向けて
 第十一章 科学は国境を越えて
 第十二章 二十一世紀の「人は城」
 第十三章 若い時にしておかなければならないこと
 第十四章 個性をどう紡ぎ出すか
 第十五章 環境が変える科学技術と社会

 最後に一言だけ意見を言わせて頂くとすれば、総合は科学技術についてはできましたが、世の中は、あるいは社会は人で動いているので、また科学技術の独走に歯止めを掛ける意味でも、人文・社会科学の考え方への配慮がもう少しあれば、と言うのが私の希望です。

菅原 努(編集委員)