2005.9.13
 
Editorial (環境と健康Vol.18 No. 4より)
もう一つのがん難民

菅原 努・近藤元治
(オムニバス方式)

 


第1部

 5月の中ごろのことでした。日課としてメイルを開いて読んでいましたら、m3.comの一般医療ニュースに、次のような記事がありました。

「がん患者1,000人規模の大集会 病院転々=難民=を救済」 2005年5月16日
 がん患者や家族の全国ネットワークを作ろうと、約20の患者団体が28日に大阪市中央区のNHK大阪ホールで1,000人規模の「第一回がん患者大集会」を開催する。
 がん治療に関する情報や納得できる治療を求めて病院を転々としたり、医療不信で行き場を失ったりした=がん難民=の救済につなげる狙い。(以下略)

 私は、2年ほど前から藍野病院の近藤元治病院長(京都府立医科大学名誉教授)から「がん難民」という言葉を聞いていましたので、いよいよこの言葉が広く使われるようになったのかと、喜びました。そうしてこの大会でどのようなことが議論されるのかに大きな関心を持ちました。残念ながらこの大会は予定出席者で一杯だったようで、私たちの仲間は誰も参加できず、結果は新聞記事によるほかありませんでした。

 大会のあった5月28日の翌29日(日)の毎日新聞には、小さく「がん治療の成績公開を求め決議 大阪で患者大集会」との見出しで、次のような記事がありました。

“がん治療の成績公開や地域格差の解消を求め、がん患者ら2,000人以上が28日、「がん患者大集会」(がんを語る有志の会など主催、毎日新聞社など後援)を大阪市中央区で開いた。患者や家族の8割は、がん医療に不満があるとのアンケート結果が報告された。
 全国のがん治療拠点病院の治療成績を公開したり患者の相談に応じる「日本がん情報センター」の早期設立を求める大会決議を採択した。
 尾辻秀久厚生労働相も出席し、大会決議を受け取ったが、がん情報センターの設置については「検討課題だ」と述べるにとどまった。(山本建、宇城昇)”

 どうもこれは私がかねがね考えているがん難民対策とは違うな、という印象でした。するとその後6月10日の毎日新聞のクローズアップ2005にこの問題が取り上げられました。まとめたのは29日の記事を書いた二人の記者です。

命にかかわる医師 自分で選びたい 漂流「がん難民」
 地域・病院に広がる医療レベル格差 放射線治療専門医わずか457人
声上げ始めた患者団体 患者団体のあり方について、参考にしているのは患者主体の非営利組織「米国がん協会」(ACS)の取り組みだ。

 ここで論じられ提案されたことは、確かに問題には違いありませんが、それは“がん”と診断された患者さんからの声で、私が思っていたがん難民とは一寸違っています。確かにどの病院を、それどころか何科を受診すればよいのかも分からないと迷うのが実情です。それは適正な病院や医師を求めてのことで、問題には違いありませんが、難民というには少し違和感がないでしょうか。

 兎に角、その後この新聞にはがん難民という言葉が何度も見られるようになりました。6月12日の「発信箱:たばこ対策はがん対策 鈴木敬吾」は、「がん難民という言葉がある。」という書き出しです。6月21日の新聞時評には産婦人科医の藤井美穂さんが、「(前略)6月9日朝刊3面には、救ってくれる医師を探し惑う「がん難民」と呼ばれる患者の問題が取り上げられた。(後略)」と書いていました。でも私にはこれらの議論はどうしてもしっくりと来ないのです。がんになって何処の病院に行ってよいか分らない。外国で承認されている新薬が日本で使えない、だから難民になるのだと言うのですが難民というのはそんな程度の苦しみのものでしょうか。私はインターネットで患者さんやその家族の質問を見ていて、もっともっと深刻な問題があると思います。それは医師や病院に見放されたがん患者さんです。

 先のがん患者大会では病院の治療成績を公表せよ、という要求もあったようですが、そのときに次のようなことを考えられたことがあるのでしょうか。以下はYomiuri On-lineからの記事です。

がんと私:成績主義、行き場なき末期患者 本田麻由美
(前略)西日本に住むA子さん(34)は昨年末、がんの診察を受けた大学病院で、医師からそう宣告された。今年初め、知人を介して彼女の家族から相談を受けた私は、あまりにも無神経な余命告知に憤りを感じた。

 だが、この医師は、さらに驚くべきことを口にしていた。「もう、うちの病院では治療できません。治療成績も下がるし・・・・」―――。治すことが難しい患者を治療しても評価されず、逆に「5年生存率」や「平均在院日数」といった治療成績の指標が悪くなる、というのだ。(以下略)

 そうです、このA子さんこそがん難民です。このような方をどうすれば救うことが出来るか、これこそが我々の課題だと思っています。今までのがん治療はどれも何らかの苦痛とか体力の消耗を結果するものでした。がんの治療は副作用との闘いであるとさえ言われています。そのようなことがなく、患者の苦痛を取り、がんの増殖を抑えるそのような治療があるのでしょうか。それがあるのです。それは私たちが開発したハイパーサーミア(サーモトロンによる治療)です。私たちは、「風呂に入って多少の汗をかく体力さえあれば、どんな患者さんも断らずに治療してあげてください。」とサーモトロンを設置された病院の先生方にお願いしています。これこそががん難民 を作らない唯一の方法だと信じているからです。

 がん登録とその死亡率との比較などの解析をする態勢を整えないで、がん情報センターを作っても、上述のA子さんのような例を増やすのでは却って逆効果です。治療成績の公開は、罹患率と死亡率との比較を地域ごとに行ってするべきで、病院ごとにするべきではありません。それへの対策も地域として取り組むべきです。

 それよりも先ずするべきことは、本当のがん難民対策です。そのためには、ハイパーサーミアをもっと気楽に何処でも、誰でも受けられるようにすることが先決ではないでしょうか。

(菅原 努)

 

第2部

 私は講演会などで、しばしば『彷徨えるがん難民たち』という表現を使います。

 その意味はこうです。確かに大病院でのがん治療は、腫瘍の縮小と延命を求めて精力的に行われています。けれども、外科手術・化学療法・放射線療法といった最新の治療の効果が薄れ、主治医の治療に対する意欲が衰えたとき、患者や家族はそうした雰囲気を敏感に察知するものです。「このままではいけない」「他に何か良い方法があるに違いない」「こんな薬が外国では使われているらしいよ」「・・・・・・」。

 新聞を見れば、「アガリスクでがんが消えた」とか「メシマコブでがんを殺す」といったたぐいの広告が目に入ります。「免疫療法」も人気を集めていますが、学問的にしっかりとした基盤を持つ施設もあれば、患者から採血してクール宅急便で施設に送り、リンパ球を増やしてから患者に送り返し、病院で点滴して貰うという営業本意と思われるものまで様々です。

 インターネットで氾濫する各種の「がん情報」も多すぎて、患者サイドはどれを信じれば良いのか分からなくなるでしょう。国内では未承認だが外国に新しい抗がん剤があると聞けば、効果や副作用の有無はともかく、輸入して使って欲しいと希望する患者や家族も増えています。それらの輸入に手を貸している医師もいるようです。でも、「これを使って・・・・・」と頼まれる主治医は、副作用が出ても責任を負うわけにもいかずに困ります。

 また主治医の多くは、自分が診ている患者がどんな代替医療を受けているのか知らず、また知ろうともしないようです。むしろバカにしたような否定的な発言が返ってくるので、患者や家族の不信感はますます大きくなるのです。

 それでも患者は弱い立場です。親身になって話を聞いてほしいと思っても、昨今の若い医師はあまりにも忙しすぎますから、患者の悩みを聞くゆとりがないのです。そして、頼りにしている主治医からあっさりと「余命は・・・・・」そして「ホスピスを紹介しますよ」と言われるケースも増えています。たしかに欧米流のインフォームド・コンセントでは正しいかも知れませんが、そこに医師の心の温かさがなければ、事務的に処理される患者や家族はたまりません。

 いま私は、菅原先生の『百万遍ネット』にメイルで送られてくる「ハイパーサーミア相談」の全てにお答えしています。メイルの遣り取りをしていますと、最新の治療を受けながら再発し、どうすれば良いのか彷徨っているうちに、ようやくハイパーサーミアに辿り着いたという患者や家族が多いのに驚かされます。

 彼らは、何を求めているのでしょうか。もちろん、患者にとって最適のがん治療が見つかれば、それに越したことはありません。世間では「テイラーメイドのがん治療」が叫ばれてはいますが、それは必ずしも再発して手遅れになったがん患者が対象ではなさそうです。むしろ、がんの縮小が期待できる患者の治療を目的にしているように 思えてなりません。

 最近では「セカンド・オピニオン」もかなり普及してきましたが、主治医が前向きに治療をしている時期には、患者はなかなか「セカンド・オピニオンを求めたいので、他医への紹介状を書いて下さい」とは言いづらいものなのです。主治医にしても、理屈では「そういう時代になっている」と分かっていても、面白いはずがありません。まだまだ日本では、十分に馴染んでいないように思えるのです。

 こうして時間は刻々と過ぎ、化学療法にも放射線療法にも効果が期待できなくなると、患者側から「ハイパーサーミアはどうでしょう?」との質問に、主治医は喜んで(?)紹介状を書いてくれるようになります。「喜んで・・・・・」というのは、手の打ちようがなくなった患者に困っていた主治医は「ホッ」とし、厄介な患者を抱える 責任から開放されるためでしょう。

乳癌の手術をした49才の女性です。
 『私は5年前に手術を受けました。まだ初期で、「全部取れました。大丈夫です」との主治医の説明に、すっかり安心して乳癌のことを忘れておりました。最近、腋窩リンパ節を2個触れるような気がしますので、「もしや?」と思い、久々に前の主治医の診察を受けました。大丈夫、と太鼓判を押した主治医の先生にすれば、それを再発だとは認めたくなかったのでしょう。はっきりした説明はなかなかありませんでしたが、生検で 乳癌の転移であることが分かりました。腹部のCTで、肝臓にも大きな転移があるので 驚きましたが、乳癌ではよくあることなのだそうです。

 手術のときにはあれほど熱心に対応して下さった主治医でしたが、今回は先生の態度が少し違っているように感じました。患者の勘というのでしょうか。ややぶっきらぼうに、「ホルモン剤と化学療法しかないですねえ」と言われて、入院することになりました。でも、抗がん剤は副作用が強いばかりで、一向に効果は見られそうにありません。メニューを変えての化学療法も、効く気配がないのです。そうこうする内に、主治医は病室に回診に来られても、以前のようにゆっくり話を聞いてくれることはなく、すぐ 帰ってしまうようになりました。

 患者にすれば、主治医が逃げ腰になっているのが見え見えです。「このままではいけないな」と娘と話しておりましたが、入院中なので仕方なく、そんな状態がしばらく続いておりました。

 同室の方が「リンパ球療法」を受けていると聞きましたので、そこを紹介してもらいました。1コースが5回の治療で120万円かかるそうですが、背に腹は代えられません。1コースを終えた時、「もう1コースどうですか?」と勧められましたが、効果もはっきりしないのと費用が続かないので、結局は止めてしまいました。

 横浜に、カテーテルを入れて抗がん剤を流す治療をしているところがあるというのを 聞きましたので、新幹線で娘に付いてきてもらいましたが、1泊で30万円でした。月に1度で3回受けましたが、やはり費用の面で中断してしまいました。何だか、「お金の切れ目が人生の終わり」みたいな気分で、悲しくなったものです。

 そんなとき、娘がインターネットで調べているうちに、『百万遍ネット』のホームページで「ハイパーサーミア」を見つけてくれました。解説を読みますと、自分にぴったりの治療に思えてくるのです。娘が早速メイルを出しました。返事はあまり期待していませんでしたが、予想に反して翌日に、藍野病院の院長先生からメイルが届いたのです。「菅原先生の代わりにお答えします・・・・・」と、ハイパーサーミアで何ができるのかの説明をいただきました。何度かメイルで病状を詳しく報告し、そのお返事をいただくうちに、娘もすっかりハイパーサーミアに乗り気になったようでした。私もこのまま時間が過ぎて行くのが勿体なくて、主治医に外出許可をもらうと、娘の運転で茨木市にある藍野病院で院長の診察を受けたのです。

 今の自分の病状で、急がれるのは肝転移のコントロールなのは明らかです。この病院では肝臓の転移に留置カテーテルを使った[温熱化学塞栓療法]という独自の治療を行っているそうなのです。院長先生の書かれた[第4の対ガン戦略−ハイパーサーミア]という本が、素人の私にも分かりやすく書いてありました。それを読み、是非それを受 けたいと言いますと娘も主人も賛成してくれましたので、転院することにいたしました。主治医に話しますと、しぶしぶ紹介状を書いてくれましたが、「もう後は知らないよ」と言われました。5年前とは想像もつかない変身ぶりに、私も娘も唖然としてしまいまし た。

 藍野病院で足の付け根からカテーテルを肝臓に入れ、そのまま留置する手術を受けました。そこから〈でんぷん粒子〉に少量の抗がん剤を混ぜたものを注入し、がんへの血流が止まっている間にハイパーサーミアを受けるのです。40分間のハイパーサーミアは、汗をかきますが辛いものではなく、後がすっきり爽やかな感じでした。

 この写真(図1)が、治療前と、ハイパーサーミアを4回受けたときのCTです。たった4回で肝臓の腫瘍がこんなに小さくなるのですから、見せて頂いて希望が湧きました。もちろん相手ががんですから、消えてしまうとは思っていません。でも、院長先生の笑顔を思い浮かべながら、これからもがんと仲良く頑張って行きたいと思っています。」



図1 乳癌術後の肝転移に対するハイパーサーミア治療の効果
左図が治療前のCT、右図がDSM+MMC+ハイパーサーミア治療を
4回受けた後のCT

 

 冒頭で菅原先生が紹介された「癌患者の大集会」の役員のお一人は、藍野病院でお母さんがハイパーサーミアを受けられ、結局は亡くなられた方でした。

 確かに「癌難民」という言葉には幅広いものがありますが、癌治療を受けながらも悩みを抱えている患者が増え続けている現状を見ますと、こうした集会を患者サイドに任せるのではなく、医療の側が提案しサポートできるようにしなければと、大勢の 進行癌の患者さんを診ている医療者の一人として、大いに責任を感じているところです。

(近藤元治)