2005.7.1
 
Books (環境と健康Vol.18 No. 3より)
都甲 潔 著
感性の起源

中公新書 中央公論新社 ¥740+税
2004年11月25日発行
ISBN4-12-101772-2
 


 著者は工学部電子工学科の出身で、味覚センサーロボットなどの開発の第 1 人者であるが、本書は人間の感性を粘菌などの単細胞生物とも共有する味覚、嗅覚などの「化学感性」に絞って、その起源を考える壮大な38億年の生命の物語りである。

 本書は全 6 章から構成されていて、第 1 章では感性を外界に対する感受性と定義した上で、視覚、聴覚、触覚などの物理量を受容する「物理感性」と味覚、触覚の様な化学物質を受容する「化学感性」に分けている。とりわけ「化学感性」は生命誕生の時代からあった原始的感覚であるとして、第 2 章では粘菌における味覚と嗅覚をとりあげ、続く第 3 章では外界の情報を受容する植物や動物など多細胞生物の受容体の自己組織化とそれに伴う場の形成を紹介している。さらにこの場の情報が電気信号となって神経を伝わり、脳で機能的に処理され「おいしさ」が認知されるとして、第 4 章で味覚と嗅覚を取り上げている。

 味は生理的に意味のある 5 つの基本味、酸味、塩味、苦味、甘味、うま味に分けられるが、匂いを少数グループに分類することは難しく、数十万の匂い物質に対して、1,000 種類の異なるレセプターの組み合わせで対応しているとのことである。共に進化的には古い脳で認知されるが、味覚と比べて嗅覚のもう一つの特徴は、その高い感受性にある。しかし「おいしさ」はこのような味覚と嗅覚の複合感覚であって、食文化は客観的に再現できない暗黙知の世界であった。

 そこでこの「化学感性」を客観的に表現する物差しとして開発された味覚センサーと匂いセンサーが 5 章と 6 章で紹介されている。その詳細は本誌「環境と健康」18 巻本号 225〜241 頁の著者の講演記録「バイオセンサーとしての味覚:味覚の科学」に譲るとして、匂いセンサーが犬に代って地雷の匂いの検出に転用される辺りは科学の普遍性を感ずる圧巻である。

 著者はバイオとナノテクと IT を総合して、「化学感性」を数値化して客観的に捉え、その「普遍性」を生物古来の感性として表現し、進化したホモサピエンスの視覚、聴覚、触覚の「物理感性」との融合として食感の「多様性」を捉えるのに成功している。また随所に哲学者の見解や日本文学の引用や伝統芸能が挿入されていて、著者の高い文学的「感性」を感じさせる名著である。

(Yan)