遺伝子組換え食品とか遺伝子治療などの見出しが一箱新聞紙上に出るようになり、遺伝子の実体である DNA 分子についての解説記事もみられる当今である。しかし新聞の「科学記事」の限界から世間ではまだまだ
DNA の正しい理解が得られず、組換え食品などへの偏見が横行している。
本書は、分子生物学の草分けの時代から一貫して DNA を帳して生命現象を見つめてきた著者が、DNA研究の全体像をあきらかにして一箱の理解を深めようとした力作である。
全 3 章からなり、第 1 章で生命の設計図としての DNA を解説し、第 2 章で DNA 組換え技術がどの様に日常の食生活や医療に関わるかを示し、第
3 章でその功罪を論じている。
その第 2 章の論旨はきわめて明快で、例えば農薬漬けの従来の農作物と農薬汚染の激減した組換え農作物を比較して、「目の前に組換え農作物とそうでない農作物があったら、真っ先に組換え農作物の方から食べたいと思う」と述べている。また、ヨーロッパの環境保護団体、グリーンピースの公開討論会で、ビタミン
A を含むゴールデン・ライスを開発したポツリカス博士が、「あなたは自分の子供がビタミン不足で失明しそうなとき、科学的に見て安全なゴールデン・ライスを、自分の主義主張のために子供に食べさせず失明させるのか?」と発言して以来、ゴールデン・ライスについての批判が差し控えられているとの一幕も紹介している。
一方、第 3 章ではDNA研究のもたらす影として、考えられる最悪のシナリオを描いている。それは生物兵器の開発でもなく、個人のゲノム DNA
情報の悪用でもなく、ヒトクローン技術の自由化によるクローン人間の出現により、人為的に作られた 2 つの階級、奴隷制度の復活だとする。これは有史以来人間社会を支えてきた多様性という根本原理の内からの崩壊であると断じている。この悪夢は完成したクローン技術と遺伝子改変技術が偏狭な一神教と結びつくとき、にわかに現実味を帯びてくる。原子力などは兵器によって人間を外から抹殺するが、遺伝子力はクローン技術によって人間存在を内から抹殺するとの警告は決して過大でなく傾聴に値すると思う。
46 億年前に誕生した地球上で、40 億年前に誕生した単一生命は DNA を設計図とする普遍原理に基づいて、多様化を繰り返し、地球環境の激変に耐えてきた。人類の文明も多様化によって栄え、その文化は世界に伝播し、その単一化によって絶滅する歴史を繰り返してきた。21
世紀は原子力と遺伝子力の世界といわれる。このままではエネルギー問題も環境問題もこの 2 つの力が無ければ解決できないからである。しかし、この
2 つの力の光と影を正視することが大切である。その上で右肩上がりの発展物語りからリサイクル社会の節約物語りへのパラダイムシフトが求められている。
(Yan)
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