2005.3.1
 
Books (環境と健康Vol.18 No. 1より)
岸 宣仁著
ゲノム敗北  知財立国日本が危ない!

ダイヤモンド社 ¥2,000+税
2004年9月16日発行
ISBN4-478-24097-3 C0036
 


  
 今年の 1 月 13 日の雑誌 Nature の書評欄に Genomu Haiboku(A Defeat in the Genome Project)というのがあり、しかもちゃんとIn Japaneseと書かれているではありませんか。評者は伊藤嘉明京大名誉教授(ウイルス研究所から現在はシンガポール国立分子細胞研究所)です。

 1975年に当時東大教授の和田昭允の考えた「日本が誇るロボット技術によって手間のかかる DNA の解読作業を飛躍的に早め、自動化できないだろうか」という DNA 高速自動解読構想は、ようやく 81 年度国家プロジェクトに採用された。しかし、

「そんな装置をつくるぐらいなら、人間の手でやるから自分に予算を寄こせ」
「人の手でやれるのに、何で機械にやらせるんだ」
「ロボットのような機械が、解析の名人にかなうはずがない」
「日本が先走ると、アメリカを必要以上に刺激する」

と言った批判が 1987年頃につよくなり、89 年に和田は推進委員長から下ろされた。こうして独創性の芽が摘まれてしまって、03 年 4 月 14 日に発表されたヒトゲノム解読における貢献度(解読の割合)は次のようになり、日本は僅か 6 %にあまんじなければならなかった。

  アメリカ
59 %
  イギリス
31 %
  日本
6 %
  フランス
3 %
  ドイツ
1 %
  中国
1 %

 こうして DNA 解読、つづいてタンパクへと競争の課題は発展していきます。著者はその中で活躍する和田をふくむ何人かの科学者にまとを絞って、科学の世界での競争を描きながら、類まれな先見性と独創性をもつ異能たちをつぶし続けた日本の特異なシステムがあった、と結論するのです。

 私は Nature の記事を読んで早速書店を訪れて書棚を探しました。どうしても見つからないので、カウンターで尋ねました。店員は早速在庫を調べて、奥の方からこの本を持ってきてくれました。私はそれを受け取りながら「この本の書評が Nature に載っていたよ」と言ったのですが、店員はキョトンとしていました。発行は昨年の 9 月ですから、間もなく返本になっていたところでしょう。どうも余り注目されていないようなので、ここで取り上げることにしたのです。

 私自身はこの国を挙げての競争に余り関心はありません。むしろ外国でやられていない、または気付かれていないが自分が重要だと思う現象の研究に力を入れたいと思っています。それには民間の力が必要です。小泉首相のように「民間で出来ることは民間で」ではなく、「民間にしか出来ないことを民間がやれるように民間に力をつける」ことを、政策にいれてほしいものです。ここでの民間とは財団や NPO などの研究支援機関のことを言っています。山に登るにはいろんな道があるのです。西洋の科学の要素還元的手法はまもなく行きづまるでしょう。がんに対する新しい分子標的薬の思いがけない副作用がそのことを暗示していると思います。日本人の発想で、新しい登山道を開拓することこそ、我々が世界に貢献する方法である、というのが私の主張です。その意味でこの本は欧米と同じ道を競争して走ることしか考えていないように思えるのです。

 この本の競争心(それも大切なことですが)が余りにも強烈なので、つい反発して脱線してしまいました。しかし、為政者やリーダーの科学者には是非読んでいただきたい本です。それが Nature に書評を書かれた伊藤教授の狙いでしょう。

(Tom)