2004.3.16
 
Books (環境と健康Vol.17 No. 1より)
生命の政治学
―福祉国家・エコロジー・生命倫理

広井良典 著
岩波書店 ¥2,800+税
2003年7月24日発行
ISBN4-00-023636-9 C0036
 


 私たち科学者は最近では科学と社会との関係を重視しなければならないとよく認識し、そのための努力は惜しまないつもりです。しかしそのときの社会とは、日本の社会かよく聞かれるアメリカのそれしか考えていないのではないでしょうか。実は社会といっても世界にはいろんな政治形態があり、それぞれに違った政治的価値観を持っていて、それが生命科学のいろんな場蔓で違った見解として現れてきているということを、この本を読んで初めて知ることができました。

 科学技術の進歩と社会福祉の増進ということは、誰もが希望することでしょう。ここからこの本の言うところに耳を傾けましょう。

“もし科学という営みが、帳常理解されるような意味での「旺てしなきフロンテイアの追求」という側蔓をもっぱらとするものであり、他方で福祉ないし福祉国家というシステムが「与えられた資源の中での再配分」という内容にとどまるのなら、「科学」と「福祉」とは異質の方向を志向する相容れない二領域にとどまることになる。けれども、たとえば医療分野では慢性疾患ないし高齢者ケアが中心になり、また環境分野などでの領域横断的な対応が強く求められる時代はどうだろう。そうした時代には、「科学」も従来のような単純な「法則定立的」なもの、あるいは単線的な「原因の解明→技術の適用→解決」といった図式に沿ったものから大きく変容していかざるをえない。こうした中で戦後の世界を規定したいわば「科学と福祉(または科学国家と福祉国家)の分裂」といった状況に次第に転換していくのではないだろうか。”

 著者はこの政治哲学を右から、1)保守主義 −2)リベラリズム(自由主義)−3)社会民主主義と理解し、初めほど小さな政府、伝統的価値尊重を、後ほど大きな政府、平等志向が強いと考えます。(じつはこのさらに先には市場そのものを否定する社会主義そして共産主義が存在している。)蔓白いことに、アメリカでは 1)が右、2)左であるが、ヨーロッパではアメリカには存在しない社会民主系の政党がさらにその左に存在します。

 “生命科学については、この右と左の両端が同じスタンスを取ることである。いわゆる保守主義の側は、(カトリック教会の胚研究への強烈な反対にも象徴されるように)まさにその「保守」的思想ゆえに、そうした研究は科学の暴走であり人間性の冒涜であるという理由で研究のあり方に懐疑的なスタンスをとる。他方、“左派”のほうは、人間社会における「平等」という価値を重視するから、そうした胚研究などが障害児の選腹やひいては優生学的思想に発展しうるという理由で研究の進行に反対する。”

 本書はこのような幾つかの代表的な国の比較研究を中心として、福祉政策、環境政策を広く論じ、最後に提言として、定常型社会を目指すべきことを提案し、そこでの政治哲学について論じていいます。わが国は未だに「改革なければ成長なし」で、あくまで成長を目指しているが、著者の提案する定常型社会には傾聴するべきものをあるように思われます。

 この本は科学者が社会にふれ、文科的なニュアンスを理解する糸口になるのではないでしょうか。その意味でもお勧めします。

 (Tom)