2004.1.1
 
Editorial (環境と健康Vol.16 No. 6より)
温泉学会の設立

菅原 努
 

 

 一緒にJCSDの仕事をしている関西大学法学部の竹下 賢教授から、大学の仲間から「温泉学会を作ろう」という相談を受けているのですが、先生も発起人になっていただけませんか、という話がありました。温泉に関する学会は医学の方では古くからあるように思うので、一体どうゆう狙いですか、と尋ねました。答えは今までの医学だけの学会ではなく、文科系も、一般の愛好家も加わった幅広いものを作りたい、ということでした。かねてハイパーサーミアを通じて温泉には関心があったので、発起人を引き受けました。医学以外の人達が集まって温泉の研究をするといって、一体どんなことをするのだろうとよく分からないままに、私は私なりの関心を持って参加することに決めました。その関心とは先日出版した「がん・免疫と温熱療法」(岩波アクテイブ新書89)の最後の章に「温泉を見直そう」と題して書いたとおりです。

 設立総会を第一日は関西大学で、第二日は有馬温泉で行うということでしたが、私は都合で参加できなかったのですが、有馬温泉と聞くと懐かしく、温泉と文化との関係という意味をこめて、次のようなメイルを竹下氏に送り紹介してもらいました。

 "大正の中ごろ第一次世界大戦後の好景気で日本は浮かれ、有馬温泉は遊興の巷になったそうです。有馬の大地主村上さんはそれを憂い、より文化の薫り高い町にするべく学者村の建設を計画しました。当時一番近いのは京都大学で、大学の教授達に呼びかけ、有馬緑川文化村が造られたのは大正12年のことです。学者村としては日本で始めてのものではないでしょうか。
 場所は今の芦有道路の有馬口から宝塚の方へ少し行った、有馬温泉病院入口の少し先です。15、6人の京大教授が別荘を作りました。有馬の町で講演会などする計画だったと聞いていますが、それが実現したかどうかは知りません。当時私はまだ数えの3歳でしたから。でも別荘の主には、荒木虎三郎、喜多源一、辻寛治、戸田正三など奏そうたる人の名前が並んでいます。当時法学部の教授であった私の父は若くて世話係ということで一番入り口のところに家がありました。水洗トイレのある当時としてハイカラな別荘で、テニスコートやクラブハウスもある立派な施設でした。何しろ今から80年も前のことですから。当時のことが分かるのは道から二軒目の木田さんだけではないかと思います。木田さんのお父さんが当時別荘番をしてくれていました。
 当時は夏には京都から国鉄の直通列車がありました。宝塚から三田までの間、沢山トンネルがあるのが子供の私には珍しく楽しみだったのを懐かしく思い出します。
 あれから80年、今では私のところを含めて昔の関係者は誰も居られないようです。村上さんも事業の失敗とかで土地を手放され、その一部に(別荘地の南のはずれに)有馬温泉病院が建っています。
 なお炭酸温泉の水質検査表に名のある平山松治は私の母方の祖父に当たります。"

 この学会がさすが今までの医学中心の学会とは違うなということは、設立総会で出された次の決議を読むと明らかになります。その他この会のことがいろんな新聞に報道されたようで、そのなかの見出しを幾つか拾ってみてもそのユニークさが分かります。「温泉学会 教授や女将 来月設立 正しい知識広めます」(読売新聞 8月27日夕刊)、「21世紀の名湯」裸で語ろう 全国から学者や女将ら」(京都新聞8月29日)、「旗揚げ相次ぐ 人文社会系温泉学会 観光、地域活性化論じる」(産経新聞9月3日夕刊)などなど。

 これは正に文理合同、専門家と市民の協力の新しい集まりではないかと思います。その意味でここに紹介させて頂きました。


温泉の安全性の確保と湯船の「温泉」の適正表示の
速やかな実現を求める緊急決議

 わたくしたち、温泉を愛し、21世紀日本の温泉のあり方に大きな関心をもつ市民、温泉の経営者、大学人、ジャーナリストなどが関西大学に集い、温泉学会設立総会を開催した。

 わたくしたちは、とくに昨年夏の温泉入浴施設でのレジオネラ肺炎による大惨事に大きな衝撃を受けた。この種の事故は後を絶ってはいない。大惨事を受けて実施された厚生労働省の緊急一斉点検等の調査結果(今年1月、速報版)によると、3万有余の入浴施設の過半数が何らかの点で衛生管理等の指導を受け、また5千8百余のレジオネラ属菌検査実施施設の4分の1以上で菌が検出されている。この検査は温泉入浴施設を含むものであり、とくに広く採用されている循環濾過装置等の洗浄・消毒など衛生管理の徹底が日常的になされるよう、事業者並びに関係当局に強く求めるものである。厚生労働省の基準では浴槽の湯の完全交換(換水)は週1回以上でよく、家庭風呂が大体毎日してきた代々の生活慣行にくらべて不衛生な、信じられない基準ではないか。温泉施設は心身の癒やしに、また療養等に有効であり、多くの利用者があるだけに、その日常的な安全性の確保は緊急かつ不可欠な課題である。

 わたくしたちは、近年、BSE問題を契機に発覚した偽装表示への国民的な憤りと重大な関心を共有するものであり、それが単に牛肉や一部の食品にとどまるものではないのではないかとの不信感も拭い去ることはできない。こと温泉に関しても、温泉の成分、禁忌、入浴または飲用の注意事項の掲示は温泉法上義務付けられていたが、温泉の成分といっても、源泉の成分であって温泉の施設の浴槽(湯船)の成分の開示は大部分なされていない現状である。本来供給される源泉からの量を超える浴槽(大浴場・露天風呂等)の拡充競争、経済効率の高い循環濾過式の普及などの結果、加水、加温も一部の天然温泉の掛け流し式を除いて常態化していると思われる。温泉の業界団体では「新天然温泉表示看板制度」として浴槽の情報開示(○印5項目3段階評価制度)を始めたが、その審査基準は非公開である。本当に「消費者(利用者)の立場に立った温泉の情報公開」であるなら即時公開すべきである。最近ようやく、公正取引委員会が温泉の不当表示(「景品表示法」違反)の行政指導を始めたことは、歓迎できる。環境省が先月懇談会を発足させて、表示問題等の検討をするようであるが、もし天然でなく加工された温泉を天然温泉と表示することを容認するならば、それは業官癒着だと国民の批判を受け、また温泉業界の健全な発展にもつながらないであろう。今回の公正取引委員会の指導を受けて、温泉の適正な、真実の表示が一部ではなく、すべての温泉施設の湯船の湯について成分と効能、加水・加温、循環濾過式といった利用形態などのほか、温泉法の規定による温泉であるかどうかも、正しく表示されるよう、求めたい。

 以上、温泉の安全性確保と「温泉」の適正な表示の速やかな実現を、関係諸官庁並びに関係業界団体にたいし強く要請する。

2003年9月6日
温泉学会設立総会

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関西大学商学部 保田研究室気付
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