2002.7.1
 
Editorial
若者と夢

菅原 努
 


 去る4月20日私たちの健康効果指標プロジェクト例会が30回を迎えたのを記念してささやかな祝賀の懇親会を持ちました。そこでの挨拶に私は、“近着のJST(科学技術振興事業団)ニュースに最近の若者は夢を持てないので、どうしたら夢を持てるかを議論するために、「若者と夢―多様な価値を育む社会へ」フォーラム開催という記事があって驚きました。私達のこのプロジェクトは実は老人の夢に支えられたもので、老人の夢など恥ずかしくて言えないと思っていたのですが、この記事を読んで老人にも夢とパワーがあることを申し上げ、それを皆さんに支えて頂くことでこれからもこのプロジェクトを続けていく積もりです。これからもよろしくお願いします。”と申しました。

 JSTニュースには次のように書かれています。最近の国際比較調査によると、日本の若者が未来に対し夢を描かなくなっている実態が指摘されている。本フォーラムでは、平成14年2月21日から24日まで各界から約60名の参加を得て、21世紀の日本がどうしたら「多様な夢を育む社会」を実現できるかについて熱心な討論およびそれぞれの経験を踏まえた提言などが行われた。冒頭にコーデイネータから上に述べた国際比較の説明があった。こうした状況の理由の一つとして「80年代には日本を経済大国にしようというコンセンサスがあった。しかし、その後どのような国にするかということでうまくイメージを描くことができなかったためではないだろうか」と指摘する。確かに日本は80年代に経済大国へ仲間入りした。しかし、90年代に入って大人達は自信を喪失し、「未来に対する夢を語る」機運を失ったまま21世紀に入ってしまったようだ。日本の若者から夢が消えかけている原因は、国内外の社会的環境と個人の価値観の変化が複合的に関連していると思われる。本フォーラムは、若者が「夢を持てない」現状にメスを入れ、広い角度から分析・討議し、「どうしたら多くの若者が多様な夢を抱き、共にそれを語り、深化させ、それを実現しようと努力していく社会的土壌を実現できるか」について検討することを目的に開催された。

 これを読んで、若者が夢を持たない、と言うことは大問題である、若いほど夢が多く年を取ると次第に夢がしぼんでくるのが当たり前と思っていたのに、今はそれが反対であるとはなんということかと、しばらくそれが気になって仕方がなかったのです。たまたま読んだ本にこんな引用記事がありました。村上龍の小説「ラブ&ポップ」のなかの一場面だそうです。

 “今日中に手に入れよう、と決めた。大切だと思ったことが、寝ても起きてテレビを見てラジオを聞いて雑誌をめくって誰かと話をしているうちに本当に簡単に消えてしまう。去年の夏、「アンネの日記」のドキュメンタリーをNHKの衛星放送で見て、恐くて、でも感動して、泣いた。次の日の午前中、「バイト」のため「JJ」を見ていたら、心が既にツルンとしている自分に気付いた。(中略)今日中に買わないと、明日は必ず、驚きや感動を忘れてしまう。きのうはわたし、ちょっと異常だったな、で済まして、買ったばかりの水着を実際につけて脱毛の範囲を確認している自分がはっきりと想像できた。インペリアル・トパーズは12万8千円だ。”

 要するに、「やりたいことや、欲しいものは、そう思ったその時に始めたり手に入れたりしようと努力しないと必ずいつの間にか自分から消えてなくなる。」という考えのようです。これを読んで何だか分かったような分からないような、一体何故そんなに毎日の気分の移り変わりと可能性とを単純に結び付けてしまうのだろう、と不思議に思いました。またある人はこう言いました。今の時代若者の周りには物があふれていて、あんな物がほしいなあと夢見ることがないのだろう、と。でもそれは余りにも物質至上主義すぎるのではないでしょうか。今の若い人の気持が少しでも分かるかと「若者の法則」という本**も読んでみました。この本では若者のものの考え方、捕らえ方について50もの項目を挙げて論じています。それは何となく分かるがさて、何故そうなのかと言われるとやはり分からないのです。

 こんなもやもやがその後基礎老化学会へ出て一挙に吹き飛びました。若い大学院生達が大勢熱心に「老化のメカニズム」を論じているのです。勿論それは学問としてのことですけれども、何となく遥かな自分達の未来を論じているようにも思われました。若者も大いに夢を持っていると安心して学会場を後にしたのです。でもこれは一部のことで、やはり夢を持てない若者が沢山いるのでしょうか。私に言わしむれば「年老い易く、学なりがたし」で、どんな世の中になろうと、矢張り学ぶべきことは山ほどあるし、それをひとつひとつ学んでいく楽しみは大きな夢だと思うのですが。問題はこのJSTのフォーラムで問題になったような環境作りよりは、学ぶ楽しさを憶えさせる教育にあるように私には思われますが。如何でしょうか。



鷲田清一著 悲鳴をあげる身体 PHP新書058 1998年11月4日発行152-153頁
**香山リカ著 若者の法則 岩波新書781 2002年4月19日発行