2000.6.28
 
「環境と健康」 Vol.13 No.3 June 2000
調査メモ

長寿は沖縄からハワイへ?
菅原 努
 

 

 今年の7月に沖縄サミットが行われるせいかどうか知らないが、メイルに「沖縄の長寿について調べています。沖縄の長寿と食事との関係について教えて下さい。」という質問がある中学生からありました。説明をするより資料を教えてやろうと思って家の書棚を探して2、3のものを見つけました。その後、家森京大教授に会ったときにその話をしたら、彼の新しい解説のコピーを送ってくれました。折角こうして少し資料が集まったので簡単に纏めてみることにしました。

  まず沖縄の長寿のことですが、本当に沖縄は日本一長寿の地方なのかということです。残念ながら私の手元に現物がないのですが、最近知人から頂いた本1)のなかに「健康科学シリーズ9:沖縄の長寿(学会センター関西)」という広告がありました。それにはずばり「この長寿国日本において、沖縄は平均寿命の長さや百歳老人の多さの比率などの面から見て日本一の長寿県である。」と書かれています。さらに続いて「沖縄県民の平均寿命が長いのは、まず各種の生活習慣病死亡率が低いことが挙げられる。1995年における全国の3大生活習慣病での死亡率の全死亡率に対する割合は、悪性腫瘍28%、脳血管疾患16%、心臓病15%であった。一方、沖縄県民のこれらの死亡率は、全国の平均死亡率に対してそれぞれの約60%、約70%、および約80%と、いずれも最も低かった。」と数字を挙げて強調しています。

 私はこうゆう時に、この話を鵜呑みにせずに出来るだけ手元の資料で調べてみることにしています。殊に気になったのは死亡率を比較していることです。ある県の死亡率というのはその県の住民の年齢構成で大きく変わりますからそれをそのまま比較するのは危険です。同じ年齢構成を仮定した年齢調整死亡率で比較しなければなりません。この時誰でも手元に置けてすぐに調べられるのは毎年(財)厚生統計協会が出版する「国民衛生の動向」(厚生の指標:臨時増刊)です。

 これに性・都道府県・年次別の年齢調整死亡率(人口10万対)の表があります。今私の手元にあるのは1998年版でそれには1995年までのデータがあります。それによると95年では男では一位は長野県で沖縄は6位、女では沖縄が1位です。そこで平均寿命を見てみましょう。平均寿命とは0歳の平均余命ですのでそれを見ると95年現在で沖縄は女性は確かに1位ですが男性は4位です。平均余命の表には0、20、40、65歳のそれぞれの値が示されていますのでそれを見ると面白いことが分かります。女性のそれは年齢が変わっても変わらず全部1、1、1、1ですが、男性は4、3、2、1と年齢が進むとともに良くなるのです。これは沖縄では老人は男女共に日本一元気だということです。

 次に百歳老人のことです。これには丁度便利な本「日本の百寿者」2)というのがあります。これに1996年9月1日現在での都道府県別の百寿者数とその人口10万対の割合(百寿者率)が示されています。それのよると全国5.93に対して沖縄は22.27で断然全国一です。日本では南のほうが一般に長寿ですがそれでも鹿児島12.22、宮崎8.01で沖縄についでは高知が高く19.14です。ただ問題は百寿者の健康度が全体として低下してきているということです。これは全国的な傾向ですが、生活水準の向上と医療の普及・発展によって、何とか100歳の壁を越えることの出来る高齢者が増加しているからであろうと思われます。

 さてこの沖縄の長寿の原因ですが、琉球大学の三村悟郎3)はつぎのように結論しています。「沖縄の長寿ということを考える場合、温暖な気候が幸いしている。それから、あたたかい家族制度、お年寄りを大事にするという社会・家庭環境がある。ストレスが少ないという環境もよい(もっともこれはだんだん本土に似てきているが)。それからバランスのとれた食生活も当然影響している。〜中略〜沖縄の長寿者と食生活の関係は、機構風土の条件のもとに、イモを主体とした主食、副食はみそ汁、魚、海藻、野菜豆腐、調味料としての豚脂、少ない食塩などがあげられる。それに時折りの行事食として肉類などの摂取があった。豊かとはいえない戦前の食事だが、質的にバランスのとれた食習慣、粗食、小食の習慣があずかって長命に力があったと推定される。」

 最近家森4), 5)はこれをさらに科学的に分析しています。まず彼は沖縄の食生活は食塩摂取量が少ないのを特徴の1に挙げています。日本全体の平均では厚生省の食塩を一日10グラムという目標にかかわらず、12グラムをなかなか切ることが出来ません。これに対して沖縄のそれは10グラム以下です。家森によると日本の7地域の調査で、胃がん死亡率、平均寿命と1日尿中食塩排泄量との間には逆相関があり、食塩の少ないものほど胃がんも少なく、寿命も長いことが示されています。また脳卒中とも同様の関係があるようです。もう一つ血清総コレステロールについてはこれが低いところでは脳出血を中心とした脳卒中が多く、これが多いほうが脳卒中が少ないのですが、心筋梗塞などの虚血性心疾患は反対に血清総コレステロールが高いと多くなります。すなわちこれは中庸が望ましいということです。沖縄の値は日本の平均よりは高いが、丁度この中庸の程度なのです。

 これでどうやら沖縄が世界の長寿の見本として誇れそうに思えたのですが、家森が沖縄県人とそれがハワイ、ブラジルに移民した場合の100歳老人の割合を比較して意外なことを見つけたのです。すなわち、10万人あたりの100歳老人の数は、沖縄県人14.6、ブラジル在住の沖縄県人3.3、ハワイ在住の沖縄県人17.6とハワイのほうが元来の沖縄より長寿であることが分かったのです。ハワイ日系人は沖縄よりも10年も早く現在の日本の平均寿命に達しているそうです。また家森の調査では痴呆もハワイ日系人と沖縄県人との比較でハワイの方が少ない傾向が見られ、とくにそのうちの脳血管性の割合はハワイのほうが3分の1程度のようです。

 家森はこの原因を追求して次のように結論しています。まず食塩の摂取が一日8グラム程度と沖縄よりさらに少ないことが注目されます。しかもナトリウム対カリウムの比も低いのです。これは果物や野菜をより多く摂っていることを意味します。またハワイではより多く蛋白を摂っておりしかも肉と魚をバランスよく摂っているようです。また男性の喫煙率が5.6%と極めて低いのも注目されます。しかし肥満はハワイの方が多くその為か高血圧の頻度はハワイの方が多いのです。これを更に適度の運動をすることで減らすことが出来ればより理想に近かずくことが出来るかもしれません。

文 献

1) 甲子園大学監修/木下富雄編:これでいいのか日本の食事「世界の中の日本の食文化」学会センター関西 2000年4月5日発行。

2) 田内 久、佐藤秩子、渡辺 務編:日本の百寿者―生命の医学的究極像を探る―  中山書店 1997年11月29日発行

3) 三村悟郎:日本の長寿社会、沖縄の食生活 すこやか長寿への道(家森幸男編) 保健同人社 1989年2月10日発行 pp.122−128.

4) 家森幸男:世界の食環境の変容と沖縄の長寿 沖縄の長寿(尚 弘子、山本 茂編) 学会センター関西 

5) 家森幸男:現代の医食同源――生活習慣病を予防する食習慣 食の倫理を問う (安本教傳編) 講座:人間と環境6 昭和堂 2000年4月28日発行