2003.10.3
 

 平成15年健康指標プロジェクト講演会要旨

第43回例会
(10月18日(土) 14:00〜17:00、京大会館102号室)
闇夜でも昼間でもものが見える仕組み

河村 悟
(大阪大学大学院 生命機能研究科)
 


【ものの見える光の強さの範囲】

 私達の視覚系は、非常に幅広い範囲の光環境のもとで働いています。 真夏の太陽のもとでは、闇夜の時と比べると、光の強さは10倍(1億倍)も強いのですが、明るすぎて見えないと言うことはありません。このように大きく光環境が違っていてもものを見ることができることについて、日常、私達は何の疑問も持ちません。しかし、純粋に科学的な立場から見ると、実はこれは驚くべきことなのです。その理由を以下に説明します。

【見える光の範囲が広い理由】

 私達が光を感じるためには、まず、眼球中の網膜に届いた光を検出しなければなりません。光を検出する細胞を視細胞と言います。視細胞の中では光が化学反応を進行させ、電気的な応答が発生します。通常、化学反応は、物質の濃度が濃くなればなるほど(光が強くなればなるほど)反応は大きくなるのですが、10倍(1000倍)の範囲を超えると、いくら濃くしても反応の大きさはほとんど変わらなくなります。つまり、反応は飽和します。従って、視細胞でも、何事もなければ、その強さの前後の10倍の範囲でしか光の検出が出来無いはずです。

 我々の視覚系で、10倍(実際はそれ以上)の光強度の範囲で見ることが出来るのには、2つの大きな理由があります。一つは元々光感度の異なる桿体と錐体の2種類の視細胞が存在していることです。桿体は光感度が高く、薄暗いところで働きます。一方、錐体は感度が悪く、明るいところでしか働きません。このように、明るさが異なるところで働く2種類の視細胞が分担して機能するので、見える光の強さの範囲が大きく広がります。桿体錐体のそれぞれが10倍の範囲で働くと言われており、両者で、10 x 10 = 10の範囲がカバーできると言われています。

 もう一つの大きな理由は桿体、錐体の何れも、明るいところ、暗い所に慣れる(順応する)性質があることに因ります。これでさらに10倍の範囲をカバーしていると言われています。

【私達の研究】

 私達は、視覚系が広い光強度の範囲で働くことができるメカニズムに興味を持って研究しています。すなわち、桿体と錐体とでどうして働く光の明るさ(光感度)が異なるのか、また、どういうメカニズムで慣れ(順応)が起こるのか、に興味を持ってこれまで研究を進めて来ました。桿体と錐体とでは光感度が大きく異なることが最大の違いといえますが、両者は光検出上の性質に違いがあり、そのため、桿体の働く暗いところと錐体の働く明るいところではものの見え方が違います。これらの光検出上の性質の違いがどのようにして生じるのか、そのメカニズムも知りたいと考えています。

【講演の内容】

 桿体と錐体とで、光感度や、光検出上の性質にどのような違いがあるのか、電気的応答の測定に基づき、現象面からお話しし、それが我々の日常の視覚体験とどのように関連するのかをまずお話しするつもりです。ついで、それらの性質の違いがどのような分子メカニズムの違いによって生じるのか、特に、桿体と錐体とで光感度が異なる理由、明るいときの方がものがよく見える理由、について、最近の私達の研究成果を中心にお話しする予定です。最後に、視覚の進化という観点から見たとき、生物がどのような進化的圧力を受け、それをどのように解決してきたかについて私見をお話ししたいと思っています。

 

 
 

 

平成15年健康指標プロジェクト講演会開催計画に戻る
健康指標プロジェクトINDEXに戻る
トップページへ