2003.5.3
 

 平成15年健康指標プロジェクト講演会要旨

第40回例会記念講演会
(5月17日(土) 13:00〜19:30、京都パークホテル)
植物の体作りにおける厳密さと曖昧さ

岡田 清孝
(京都大学大学院理学研究科植物学教室)
 


 進化を逆にたどれば共通の起源生物に由来するにもかかわらず、植物と動物の生存戦略は随分異なっている。植物と動物では体構造と成長の仕組みが異なっており、動物の体が中空のボールに例えられ、それが折り曲げられつつ大きくなるのに対して、植物の体はブロックを順番に積み上げた複雑な塔に例えることができる。細胞の構造や代謝の機構にも違いがみられる。1980年後半からモデル植物としてシロイヌナズナを用いた国際的な研究体制が確立され、高等植物の発生と形態形成の仕組みについての理解が飛躍的に進んだ。2000年末にはシロイヌナズナの全ゲノム配列が決定され、様々なポストゲノム研究も始まっている。これらの研究から、動物と植物の間には、遺伝子の構造やその働きにきわめて良く似た部分が多く、生命現象の基礎原理は共通であることが確認されてきた。一方、植物と動物の異なる点もより明確になっている。植物は、自身の生育環境から移動できないという制約があるために、環境に対応して形態や生理機能を変化させる能力の優れている点が大きな違いであるが、そればかりでなく、細胞分裂と細胞分化に関わる細胞間シグナルの役割、生涯にわたる分裂組織の保持、半数体と二倍体の世代交代、個体の恒常性や同一性のゆるやかさ、などが「植物の体作り」における重要な問題であると認識されるようになった。

 本講演では、私達の研究テーマの中から二つの話題についてお話ししたい。葉や花は、茎の先端に位置する茎頂分裂組織の細胞から作られるが、葉や花弁などが裏表のある平らな構造を取るためには、発生のごく初期の段階で裏と表を決定することが必要である。裏と表の面を決定する遺伝子が壊れたシロイヌナズナの突然変異体では、葉は裏表の特徴を欠いた単純な棒状の構造になる。表と裏の方向は分裂組織との相対的な位置関係によって厳密に定められており、未知の位置情報システムが関与すると考えている。このような厳密さがみられる一方で、葉の枚数などは植物個体によって一定しない。このように、植物においては、個体の体を作る上で厳密な部分と曖昧な部分が混在している。また、根の表皮細胞の一部は外側に長く伸びた根毛を作り、葉の表皮細胞の一部も外に向かって伸長して星状毛(トライコーム)を形成する。一様な表皮細胞の中からこのような特殊な細胞分化をおこなう細胞を選択する機構について解析が進み、制御タンパク質が細胞間を移動することが鍵になっていることがわかった。植物の個体全体についての設計図はおおまかに書かれているが、個々の細胞の分裂・伸長・分化についてはかなり厳密に制御されていると思われる。植物の体作りの特徴は、個体としての恒常性や同一性はゆるやかに保たれているために個体ごとの形態は様々に変化するものの、個々の器官の形態と機能は厳密に規定されていることであろう。

 

 
 

 

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