平成13年健康指標プロジェクト講演会要旨 |
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第20回 (3月3日、13時〜17時、京大会館101)
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生命を知る‐生物進化学から‐
分子で生物進化を辿る |
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宮田 隆 (京都大学大学院 理学研究科生物物理学教室) |
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DNAは38億年の生物進化の情報を秘めた「分子化石」である。進化の情報は異なるDNAを比べることで得られる。今では、生物最古の進化から人類の進化まで、生物が辿った進化の道筋を分子で辿ることが可能である。これを分子系統(進化)学と呼ぶ。この比較的最近発展した研究分野は、さまざまな研究分野に急速に広まり、市民権を獲得しつつある。ここでは、分子系統学が明らかにした、これまでの常識から著しく違う事実を3つ選んで述べてみたい。 1)遺伝情報は親から子へと伝達される。しかしもし、遺伝子が異なる種間を水平的に移動するとしたら(遺伝子水平移動)、この遺伝子で描いた生物の系統関係は「樹」にならず、「ネットワーク」になってしまう。生物最古の進化においては、遺伝子水平移動が頻繁に起きていたことが最近の分子系統学から明らかになった。地球上の全生物は真核生物と通 常のバクテリアである真正細菌及び異常環境(例えば100度以上の高温の環境)に棲息する古細菌の3つの大きなグループ(超生物界と呼ぶ)に分類されるが、これら3つの超生物界の分岐の順序、すなわち生物最古の進化は分子系統学に於けるホットなテーマである。この問題には方法論上、困難な問題を含んでいたが、我々は、全生物が共通 に持つ重複遺伝子を利用することで、この問題を解決できることを示し、この方法により、古細菌が真核生物に近縁であり、真正細菌は両者に遠い関係にあることを示すことに成功した。この研究により、最も古い時期での生物の系統関係の問題に突破口が開かれた。最近特に進展の著しいバクテリアのゲノムプロジェクトの発展と相まって、この分野が大きく展開している。特に生物進化の初期では、異なる系統間で遺伝子の水平的な移動が高い頻度で起きていたことが大量 の配列データの解析からはっきりしてきた。最近我々は、こうした頻繁な遺伝子水平移動にも関わらず、上記の系統関係が成立することを示した。 2)「個体発生は系統発生を繰り返す」とはヘッケルの有名な言葉である。この言葉は厳密さにやや欠けるものの、「進化は単純から複雑へ」という概念をよく表しており、一般 には異論のない事実として漠然と受け入れられてきた。最近、この考えをひっくり返すデータが、分子に基づく多細胞動物の系統進化の研究から明らかにされた。すなわち、我々が単純だと思っていた動物の幾つかは「複雑から単純へ」と退化的進化を辿ったことが分かってきた。驚くことに、多細胞動物が単細胞生物へと「進化」した例もある。 3)6億年ほど前に、現在の主要な動物門が爆発的に多様化(カンブリア爆発)した が、その時、遺伝子レベルで一体なにが起きていたか?これは「生物の形態進化と分子進化の関連」という今後の分子進化学に残された重要な課題と関連する。遺伝子族の分子系統学的解析の結果 、脊椎動物が持つ多細胞動物特有の基本的遺伝子のセットはカイメン(多細胞動物中最も原始的な動物)とその他の動物が分かれる以前(およそ9億年前)に既に作られていたことが明らかになった。この結果 は、カンブリア爆発は新しい遺伝子を「作る(ハード)」ことで達成されたのではなく、既存の遺伝子を「利用して(ソフト)」達成されたことを示唆する。生物多様性の分子機構の解明には、ハードの視点よりもソフトの視点が重要になるであろう。
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