ルネッサンス京都21「五感とこころ」シリーズ

モーツァルトを聴くとなぜ癒されるのか」の案内

オフィスエム ¥1,300+税 2008年3月31日発行 ISBN978-4-900918-91-7

聴覚は心琴に触れるリハビリ

山岸秀夫財団法人体質研究会主任研究員、京都大学名誉教授(分子生物学、免疫学)

本書は、市民公開講座「京都健康フォーラム」の2006年度の成果を反映した「五感シリーズ第3集(聴覚)」で、第1集(嗅覚)1)、第2集(味覚)2)から引き継ぐものである。実際のフォーラムのテーマは「音とこころとからだと」であったので、本書の題名との間に違和感を覚える方もあるかと思う。モーツァルトは18世紀末のルイ王朝の栄光とフランス革命の動乱の時代を生きたが、その歌詞や曲調は明治時代の小学唱歌にも取り入れられて、以来日本人の心の深層にまで溶け込んできている3)。事実最近の身近の経験として、3月22日に京都市の主催で京都コンサートホールで開かれた、京都市交響楽団の「モーツァルト:きものコンサート」には美しい和服姿の男女2000人が参加したし、小ホールでの室内合奏団“THE STRINGS”による演奏曲目3曲は全部モーツァルトのものであった。

本書の4人の著者は、芸術としての音楽と科学としての臨床医学の両道に携わる専門家であり、この日本人の心の深層に触れる音楽の癒しの力を高く評価し、それをこころのリハビリにまで発展させようとしている。ヘレンケラー女史は「もし見ることと聞くことのどちらか一方がかなうとするならばどちらを希望しますか?」の問いに対して「見ることより聞くことのほうを望みます」と答えたとのことである。今から一億年前にさかのぼると、恐竜などの巨大爬虫類の跋扈する昼間を避けた、夜行性の哺乳類にとって聴覚は生死に関る最重要な原始的感覚であった。ヒトの視覚はほんの数千万年前の霊長類の誕生とともに上積みされた、昼夜を問わず働く鋭敏な後発感覚である4)。聴覚はヒトでは音楽を含む言語文化を生み出したが、視覚は今世紀に入って、アナログ的な言語文化のデジタル化に拍車をかけたといえよう。

本書の個別の内容紹介を兼ねて、以下に4編の題名と巻頭の文章を転載する。

?板東 浩:音楽とゆらぎ 「ゆらぎとは物事の間に存在することがわかります。デジタルで表現するのは難しく、アナログ的なもので微妙な存在といえるでしょう。また、ゆらぎの真髄とはサイエンスとアートの両者を含み、整然と乱雑との間に存在している『整雑性』であるとも考えられます」。なお本稿には引用されていない著者の関連文献2編を引用する5,6)

?和合治久:音楽の力−健康維持と音楽療法「モーツァルトが作曲した音楽という聴覚情報を取り入れることで、体表面や消化管での免疫力が高まると同時に、生体内での免疫力も高めること、さらに体温が上昇すること、血行が改善されること、血圧が安定することなどが判明し、種々の生活習慣病の改善に役立つことがわかってきたといえます」。

?寅市和男:CDではなぜ癒されないか音・音楽そして脳の働き「人と人、そして人と機械の間に存在する情報を科学の世界に仕上げた情報理論は1949年にシャノンにより発表され、それが今日のIT革命へと結びついています。しかし、すべての信号が適切に処理できるわけではなく、人間の特性を考慮したものへと発展させた理論の構築が求められていました。それが、“フルーエンシ情報理論”です」。

?文殊陸夫:聴覚改善に挑むトマティス音楽療法「現代は、コンピュータ化されスピードと正確さを要求される、悩み多きストレス社会です。うまく泳いでいけずに、うつ状態やノイローゼ気味の人が増えてきています。そういう人の精神の安定や心のリラクゼーション効果にも、トマティス療法をひとつの選択肢に入れても良いと思われます」。

2008年3月31日

文献

1) 中井吉英、大東 肇 編:香りでこころとからだを快適に、オフィスエム(2007)

2) 中井吉英、大東 肇 編:味覚が与えてくれるやすらぎの暮らし、オフィスエム(2007)

3) 樋口隆一:進化するモーツァルト、春秋社(2007)

4) 山岸秀夫:生命と遺伝子(第5版)、裳華房(2007)

5) 板東 浩:イラストと川柳で学ぶ糖尿病、総合医学社(2003)

6) 板東 浩:医学と音楽、メディカル情報サービス(2007)

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