2002.11.1
2002年11月のトピックス 臨床医学研究は誰のためにするのか? 菅 原 努 |
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私は先月のこの欄で「ハイパーサーミアは何故なかなか広がらないのか?」について書きました。このことは何時も私の頭にあるものですから、10月20日から24日までアジア・オセアニア放射線防護國際会議でソウルに行ったときも、丁度それに来ていた韓国系アメリカ人のミネソタ大学のSong教授を捉まえてその話題を持ち出しました。彼は私と同じように元々放射線生物学者ですが、温熱と血流という立場からハイパーサーミアを熱心に研究しているアメリカを代表する科学者です。彼は日本でそれだけハイパーサーミアが盛んに活用されているならば、それをもっと積極的に國際誌に発表するべきである、と痛いところを突いてきました。その例として挙げた次の例に私は大きな衝撃を受けたのです。 オランダで、子宮頚がんについて放射線治療とそれに温熱を併用したものとを比較する無作為二重盲検臨床試験が行われ温熱併用で治療効果が向上することが2000年にLancet(有名な医学國際誌)に発表されました*1。その後これを受けてオランダでは子宮頚がんの放射線治療には温熱を併用することを原則と考え実行されている、というのです。しかも、オランダにはこの温熱療法ができる施設は2ケ所しかありません。それでも放射線治療はそれぞれの病院で行い、その後列車で施設のある病院へ患者を移動させて温熱療法を行っている、ということです。このようにすると放射線照射と温熱療法との間にかなりの時間のずれが生じます。それでも効果があるということで、その解釈が問題になります。それは今まで考えられていたような温熱による放射線効果の直接的な増強ではなく、Song教授のかねてからの主張である温熱による血流改善効果によって腫瘍内の酸素分圧が上がったからだと、というのです。 私のこの効果の機構のことより、臨床研究で効果が確認されたならば、それを早速日常の臨床に活用し、治療成績の向上に役立てているというオランダのがん治療医の姿勢に心を打たれました。実は同じような研究は我が国でも行われており、その結果は違う國際誌に同じ頃に発表されています *2,3。その頃私は、何故オランダの研究に注目して、我が国のそれを無視するのか、と憤慨していましたが、それが臨床の場で生かされていないことを問題にすることを忘れていました。私も他の人と同じように研究は研究、臨床は臨床と割り切って考えていたようです。 私はかねてから患者さんからの声として、主治医にハイパーサーミアのことを聞いても、「そんなものは効きませんよ」と一言で片ずけられて相手にもしてもらえなかった、というのを聞いています。これについて患者さんの権利としてインフォームドコンセントということが言われているが、医者の不勉強こそ先ず問題にするべきではないか、と憤慨していました。その私も、臨床研究で証明された新しい治療法は直ちに日常の治療に活用されるべきだ、と言う主張をもっとすべきであったと反省しています。あえて弁解するならば、基礎医学者である私としては、新しい治療法の開発はそれを健康保険に採用され日常の治療に道を開くところまでが、自分の使命であると考えそのように努力してきました。それでも矢張り基礎医学の研究はあくまで研究という気持が抜けきらず、臨床での積極的な活用への努力が不足していたと反省しています。 しかし、このことは同じ研究開発を共にしてきた臨床の研究者にも反省して欲しいと思います。その人たちは臨床で活用されないのは、まだまだ加温装置が未熟だからと言って自分の積極性のなさを弁護してきたように思えます。しかし、その多くである放射線治療も実に粗末な装置から始めた事は自分で認めておられるのです。それを使いながら次第に装置の性能も向上していったのではないでしょうか。少なくとも臨床研究で有効性が証明された治療法は積極的に学会として作用するという姿勢はとって欲しいものです。患者さんは常に少しでもよい治療を待ち望んでおられるのではないでしょうか。
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