2002.10.1
 

2002年10月のトピックス

ハイパーサーミアは何故なかなか広がらないか?

菅 原 努


 

 私はインターネットを通じてハイパーサーミアの普及のために、もう2年以上患者さんやその家族のお問い合わせに答えています。そこで痛感するのは、私達が考えるようなやり方で治療して頂ける病院が極めて限られているということです。何故こんなに良い方法がもっと普及しないのでしょうか。ところがこの疑問は何も日本に限ったことではないことが最近入手した外国の文献*で分かりました。著者はオランダで熱心にハイパーサーミアを行っているがん治療医です。その要点を紹介しましょう。

 先ず、最初の有効な症例の報告があってから第三相試験が報告されるまでに永い時間が掛かった。これは技術的になかなか発展しなかったことによるであろう。

 しかもアメリカで最初に行われた第三相試験が技術の統一を欠いたために否定的な結果になった、ということが大きく響いている。勿論その後有効性を示す第三相試験の報告が次々と出されているが。しかしそれが多くアジアやロシアでなされたことも影響しているであろう。

 ハイパーサーミアには高価な装置と取り扱いの熟練を要するが、それは何もハイパーサーミアに限ったことではなく、放射線治療や骨髄移植などでも同様である。

 ハイパーサーミアの装置が限られた比較的小さな企業で作られているので、マスメデイアに広く宣伝したり、臨床試験を支持する経済力に不足していることも考えられる。

 私に言わせるとこの他にこの著者も考えていない大きな理由があるのです。それはハイパーサーミアは従来のがん治療法とは根本的に異なるものでことに医師達が気がついていないということです。それを私はアメリカの友人でハイパーサーミアについて私とよく意見の合うミネソタ大学のソン教授に書きました。其の一節を次に引用します。

 私はこのところインターネットを通じて患者さんと話をしていて、医学は誰のためにあるのか、今の医学のあり方に疑問を感じています。EBMなども、表向きは本当に役立つ治療を行うためと言いながら、実は病院や医師を裁判から護るためのように思えます。ハイパーサーミアはそのEBMとして十分でないからやらないと断られる患者さんが少なくありません。ハイパーサーミアはいわば未来の医療と言われているtailored medicineにも相当して、患者さんに合わせていろんなやり方をされています。EBMにするにはそれを型にはめねばなりません。それなら、むしろtailored medicineの評価法を早く作りそれを適用しては如何でしょうか。実はtailored medicineなどと言いながら未だ誰もその評価法を知らないのではないでしょうか。

 少し解説をしましょう。EBMというのはEvidence Based Medicineということで、一定の治療方式を決めてそれで臨床治験を行って証明された医療を行うべきだ、という考え方で最近アメリカでやかましく言われるようになり、我が国でも多くの公的な病院が関心を持っています。がん治療の場合問題は、放射線にしろ化学療法にしろ正常組織に対する障害が避けられませんから、それを考えた治療効果と副作用とのバランスをうまくとる必要があります。そこでこのようなEBMが問題になると考えられます。しかし、我々が行っているハイパーサーミア(がんの温熱療法)にはそのような治療を制限するような副作用はありません。そこでここに書いたように、症状に応じて治療をつづけることが実際に行われているのです。勿論この場合にも、他の治療と同じように無作為臨床試験が幾つか行われ、それらについては有効性が示されています。

 欧米の学者もこの点をよく理解していません。我が国で世界の先端を切って進んでいる治療をもっと皆で盛りたてて欲しいものです。私も今積極的にハイパーサーミアに取り組んでおられる治療医の皆さんと手を組んで、さらに努力をするつもりです。どうぞよろしくお願いします。

*J. van der Zee: Heating the patient: a promising approach? Annals of Oncology 13:1173-1184, 2002.