2008.6.19

 

ハイパーサーミア がん温熱療法ガイドブック(新刊)



 

まえがき

 「がん」は日本における死因のナンバーワンを続けています。国民の3人に1人が罹患し、年間約40万人もが亡くなっています。本人にとって天寿を全うすることなく、命を閉ぎすことはいかに無念なことでしょう。また、家族にとっても大きな打撃です。子どもたちを残していく親の気持ちを伝えることも耐え難いことです。 

 この「がん」を何とかして克服したいものです。当然「がん」にならないことが最も大切であることは言うまでもありません。各自が生活習慣をかえりみて、いかに「がん」にならないかの勉強が日ごろから求められています。がんの原因のほとんどは生活習慣から引き起こされています。しかし、ごくわずかの人々ですが、「がん」になりやすい家系があることが最近の研究で分かってきました。いずれにしても、タバコはすぐにでもやめたいものです。自分のみならず家族にも大変悪い。みんなが知っていることです。タバコをやめると「がん」の発生の3分の1は抑えられるといわれています。紫外線にあたらないようにすることも大切です。食事やアルコールにも気をつけなければなりません。

 たとえ気をつけていても、思わぬことで「がん」になってしまう方が多くおられます。しっかり勉強し、できるだけ早く「がん」を検査して、大事にならないうちに治療してしまおう。定期検査には欠かさず行こう。ちょっとおかしいな、「がん」かな、と疑問を感じたときも、いつでも相談できる親しい主治医をつくっておこう。自分の命は自分で守らなくては。自分の愛する人々も気をつけてあげよう。それこそが日ごろからの勉強であり、気配りであり、やさしさである。余裕のある人生を送りたいものです。

 しかし、いよいよ「がん」の治療を受けなければならなくなったその時は、主治医にも相談しよう、そして「がん」専門のお医者さんを紹介してもらおう。最善をつくし、「がん」を克服し、みごとカムバックしてやろう。まだまだ現役でありたいものである。手術がよいのか、抗がん剤か、放射線治療か、いやそれらの組み合わせで「がん」が克服できるのか。 

 最近、ハイパーサーミアと呼ばれる温熱で「がん」を退治する治療法が話題を呼んでいます。しかし、患者さんにも、これから勉強する医師・看護師・技師など医療を目指す若者たちにも、これまでこの治療法に携わってこなかった分野の医師・看護師の方々に対しても、分かりやすく、かっちりとした教科書がありませんでした。そこで、日本ハイパーサーミア学会はハイパーサーミアの仕組みと現状を勉強していただくため、ここに初めて教科書を出版することにしました。日本ハイパーサーミア学会の学会員、それぞれの分野の専門家が分担し、詳しい内容を分かりやすく解説しています。「がん」患者さん、現在の医療関係者、これからの医療関係者の手引きになることを切に望んでいます。

日本ハイパーサーミア学会理事長
大西 武雄 

 

ハイパーサーミアをがん治療に役立てよう

京都大学名誉教授 菅原  努

 人生の巡りあわせで、内科医から放射線生物学者に転向した私は、最後にはやはり医療に戻って社会に直接役立つことをしようと、がん治療の向上を目指して「貧乏人のサイクロトロン」計画を始めたのは1975年のことでした。サイクロトロンというのは最近では粒子線加速器といわれているものに代表されるように、この装置は極めて高価で、それによる治療費もまた高額になります。それ以上の、少なくとも同じ程度の治療成績をもっと安価な、誰でも受けられる治療費で得ることを目指したのがこの研究計画です。しかし、生物学の理論はできて、それに基づいてたくさんの化合物を合成し、その中から選び出した物について培養細胞で成功し、動物実験でうまくいっても、最後の臨床試験で合格するものにはなかなか到達できませんでした。また改良を重ねてこれはと思うものができた時には、今度はそれを取り上げてくれる製薬企業がありませんでした。

 この中で、ただ一つ臨床利用まで達したのが、この本でご紹介するハイパーサーミアなのです。それは物理的な方法であり、また正常の人の耐えられる温度範囲での使用ということが大きく寄与していると思います。今までの医学では熱が出るというのは病気の症状としてしかとらえられていませんでしたが、その熟をたくみに使うことで、がんを治そうというのがこの方法の基本です。 

 この分野の研究を始めたのは、私をはじめほとんどが放射線に関係した人たちでした。そこでの発想はどうしても放射線に代えて熱を使う、すなわち熱を腫瘍に集中することに熱中しました。わが国だけは、私が初代会長として、できるだけ自分の枠に閉じこもらないように心掛け、広く臨床家の参加を求めました。でも諸外国では依然として放射線科中心です。これがその後の発展に大きく影響し、欧米よりわが国で注目されるようになった理由であろうと思っています。すなわち広い分野の研究者、臨床医がいろんな立場からこのハイパーサーミアを考え、あるいは試み、これに私たちが最初に考えた範囲をはるかに超えたいろんな働きがあることを見いだしてくれました。いやさらにもっと新しい働きが見いだされることでしょう。従来の放射線治療との併用などについては既にいくつかのRandomized studyが行われその有効性が示されていますが、このように複雑、多様な作用があるとすれば、その有効性は単純な二項比較ではできないので、臨床データの積み上げで示していくことになります。 

 この本は、学会の専門家がそれぞれの得意の分野について最新の知見を述べています。そこには残された問題についても正直に記されています。普通はそこで終わりです。抗がん剤では、製薬会社の示す指針に従って治療することになるでしょう。でもハイパーサーミアでは、逆にこれが出発点なのです。現在使われている装置は、もちろん完全とはいえませんが、使い方に習熟さえすれば、副作用なく繰り返し治療できます。そこでこれをいかに使い、がん治療の成績を向上させるかについて、臨床医各自の創意と工夫を取り入れる余地があり、私はそれによって学問も発展し、個々の患者の治療にも貢献できるものと期待しています。

 新しいがん治療法は、粒子線治療も次々と開発される抗がん剤も、どんどん高価になります。またそれを作る大企業は大きな宣伝力を持っていて、人々を引きつけます。最近ある国際科学雑誌にこんな記事がありました。新しい抗がん剤が次々と開発されるが、それがどんどん高価になることを問題にしているのです。進行した大腸がんの患者に対して、医師の言った言葉です。

 「患者さん、今の薬では大体11カ月のいのちです。これは12年前から標準的に使っているものですが$500ぐらいです。しかし、最近新しい薬ができました。これだと今までの倍22カ月の生存が期待できます、しかし、これには$250,000必要です」

 どうです、ハイパーサーミアを抗がん剤とうまく併用して、$500+αで$250,000に相当する効果を目指しませんか。それは患者のためでもあり、医療費の削減にもなり、なにより医師としての貴方の創意が生かされるのではないでしょうか。

 

ハイパーサーミアの正しい理解のために

京都大学名誉教授 阿部 光幸

 ハイパーサーミア(温熱療法)は古くて、しかも今なお新しいがんの治療法です。既に紀元前2000年ごろ、がんを熱で焼き切るという乱暴な治療が行われていたことを示す記録があります。これがようやくサイエンスとなるのは1960年代の後半です。すなわち、欧米でマイクロ波や高周波などを使って実験腫瘍を対象に、熱による腫瘍の変化が調べられるようになりました。さらに、1970年代になると、培養細胞を用いて、熱と放射線や抗がん剤との併用効果が定量的に研究され、その相乗効果が明らかになりました。そのため、欧米と日本で本格的にハイパーサーミアの臨床応用がスタートすることになりました。こうした背景の下に、日本で初めてハイパーサーミアの基礎研究を開始したのが菅原努先生で、1975年に文部省科学研究費がん特別研究で温熱療法の基礎研究を取り上げられ、私は臨床応用を受け持つことになりました。

 当時、私どもの手元にあったのは理学療法用に使われていた 2,450MHz のヘリカルアンテナ型マイクロ波加温装置だけでしたので、表在性の腫瘍しか加温できませんでした。ちょうどそのころ、左側乳房全体ががんに侵された手術不能の患者さんが私どもの放射線科に紹介されましたので、早速この加温装置を使って、放射線併用温熱療法を行ってみました。その結果、放射線治療単独ではとても治癒できないと思われた進行乳がんが次第に縮小し、最終的に完全に消失したのです。この臨床経験が、私を本格的ながんの温熱療法の研究に向かわせました。 

 最初に手がけたのは、深部まで加温できる装置の開発です。1977年菅原先生と一緒に、某電気メーカーに加温装置の開発を頼みに上京しましたが、人体の局所加温は技術的に困難と言われ、断られました。人間が月世界まで行ける時代になったというのに、なぜという思いでありました。しかし、後にいかにこの研究開発が困難なものかを思い知らされることになりました。

 失望して京都に帰って間もなく、大阪の高周波メーカーの山本五郎専務が菅原先生の所を訪ね、共同開発を申し出たのです。これが契機となり、1977年、本格的な深部加温装置の共同開発が始まりました。そして苦労の末、やっと 13.56MHzのRF加温装置の第1号機が完成したのが1979年9月でした。この実績をもとに、新技術開発事業団に研究開発費を申請し、幸いこれが認められ、1982年3月1日、高周波加温療法用治療装置の開発に関する契約を取り交わしました。この時、研究開発費として4億5千万円が交付され、これにより、さらに高精度の加温装置 Thermotron−RF8 を開発することができました。この装置が広く使われていることは、装置の開発にかかわった者の一人として大きな喜びです。

 ハイパーサーミアの長所は、なんといっても副作用のないこと、繰り返し治療ができること、それに治療費が安価なことです。最近は比較的低い温度でも放射線、あるいは化学療法の抗がん作用を増強することや、熱単独でがん治療に用いられるといった新しい分野も開かれ、ハイパーサーミアの適用が拡大されつつあります。

 こうしたことから、この度、日本ハイパーサーミア学会からハイパーサーミアに関するガイドブックが刊行されることは、誠に時宜にかなったものであると思います。本書の執筆者はいずれも長年、この分野で活躍してこられた研究者で、それぞれの項目が平易に、要領よく記述されています。また最新の知見も多く盛り込まれていますので、教科書としてはもちろん、治療の現場でも役に立つ内容となっています。ハイパーサーミアについての正しい理解のため、また、がんに苦しむ方々や、進行がんの治療に難渋しておられる医療関係者のための良き手引となることを切に願っております。

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