2000.2.1

 

  15. 平均寿命と老化
 

 

 読者のなかにはとくに気付いておられる方があると思うが今まで私は寿命とか老化とかいう言葉を余り吟味しないで使ってきた。ことに日本人の平均寿命の歴史的推移で見たように平均寿命は乳幼児死亡や青年での死亡など老化と直接関係のない因子に大きく左右されている。平均寿命というのはその集団の健康状態を示す一つの指標であるが、もっと老化に注目して集団の老化速度を表すよい指標はないものであろうか。それがゴムペルツ関数である。ゴムペルツと言うイギリスの生命保険専門家が1825年に年令別死亡率(その年令の人がその一年間に死亡する率、必ずしも一年でなくても五年間でも10年間でもよい)を対数目盛りにとって年令に対してプットすると直線になることを見出したのである。このことはショウジョウバエ、ネズミからヒトにいたるまで広範囲の生物に当てはまることがその後の研究で明らかになった。勿論その時の横軸はショウジョウバエでは日、ネズミでは週、ヒトでは年というように違うが。

 ヒトの場合はどの集団をとっても直線になるのは40才位から上で、それ以下では乳幼児死亡や青年の死亡の為に直線から大きくはずれることが多い。最近我が国ではこれらの死亡が減ったのでこの直線は10歳位から始まり15〜20歳に小さな山があって、その後真っ直ぐに高齢まで続いている。この15〜20歳の山は大部分交通事故である。さて、面白いことはこの直線部分の傾きが世界中のいろんな集団(国や民族など)で全部同じであるということである。即ち年令と共に段々と死亡率がふえるが、その増え方すなわち老化の早さは世界共通ということである。ではわが国で平均寿命の延びとこのゴンペルツ関数はどのように関連するのか。平均寿命が伸びると共に、この直線が下の方、死亡率の低い方へ、下がって来たが直線の傾きは依然として同じである。言い換えれると全体として死亡率は下がったが老化のスピードは変わらないということである。しかしその年令の死亡率を老化の指標としてみるとわが国では同じ年令でも昔より若くなっているということである。

 これはわれわれとしては大変喜ばしいことであるが、生物学上の大難問がここにひそんでいる。老化の研究をする者はみんな老化制御といって老化をおくらせることをその最終目標にしている。ところがわが国が世界一の長寿国になった、しかもそれでみんなが若返ったと言っても、老化のスピードをおくらせることは少しも出来ていないということである。老化のスピードをおくらせることは如何に難しいことかということをこのゴムペルツ関数はまざまざと示している。しかし、国民のみんなが若返ったということも大切なことで、今我が国では65歳を高齢者としてその増加を社会問題として騒いでいるが、昔の65歳はいまの70歳いや75歳にも相当しているから、高齢者の定義を再評価すべきである。そうすれば高齢者の増加をそんなに心配する必要はないことになる。

 

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