2003.12.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  7.「老い」をめぐる二冊の本
 



 最近有名な作家が二人,「老い」について歴史上の人物について書いた本が出版されました。私がこれらの本に期待したのはもう60年も前の医学生のころに読んだメチニコフの「長寿の科学的研究(平野威馬雄訳 科学主義工業社刊 昭和17年)」がいまだに頭にあったからです。この本は残念ながらその後再版されていないようです。メチニコフは腸内の腐敗が寿命を縮めるので、それを乳酸菌で置き換えることで長生きができるという乳酸菌の効果を唱えて有名になったのです。彼は免疫における白血球の貪喰作用を見つけてノーベル賞をもらった著名な学者です。そしてこの本の元の題は「楽観論者のエッセイ」というものです。

 実は私の関心は乳酸菌ではなく、この本の初めの部分にある「老衰の研究」「人間の生命の延長をくわだつべきか」で人々の死に方を論じ、天寿を全うすることの必要性を論じているところです。この天寿とは一体何でしょうか。最近の死亡広告を見ても、老衰死というのは殆どなく心不全とか肺がんとか生活習慣病と言われているものが殆どです。寿命が延びただけかえって病死が増えたのでしょうか。私の曾祖母は94歳で亡くなりましたが、私達がお別れにいくと、沢山の曾孫に送られてあの世へいけるのは嬉しいと喜んで、そのあと寝むりにつき、1週間後に眠るように亡くなりました。これが天寿だと思ったのです。

 この二冊の本にも、何となく誰が天寿を全うしたかなどを期待して読み始めたのです。でもその意味ではこれらの本は期待はずれでしたが、老いの生き方という意味ではいろいろと教えられるところがありました。安西さんの方は日本、中国、西洋の「老境の行き方」を探っています。津本さんの方はむしろ晩年までのすざましい生き様を幾つかの例で示してくれます。私には安西さんの本の方が何となく親しみを感じました。ご参考までに本の帯から内容をご紹介しましょう。

安西篤子著 老いの思想:古人に学ぶ老境の生き方  草思社 2003年5月
 吉田兼好:忘れることこそ老境の上手な処し方
 世阿弥:老後の初心忘するべからず
 宮本武蔵:剣豪が死に臨んで考えたこと
 新井白石:老いを自覚するとき人は来し方を振り返る
 孔子:老いも気づかぬ一途な生き方
 側天武后:政治には賢臣を、身辺には美少年を
 李白:最晩年、心ならずも謀反の罪を負った大詩人
 ラ・ロシュコフ:大の女好きが若さを失ったとき
 ゲーテ:年を取るとは新しい仕事につくこと

津本 陽著 老いは生のさなかにあり  幻冬舎 2003年9月
 徳川家康:経験を巧みに生かした大器晩成の人生
 是川銀蔵:79歳にして立った最後の相場師
 毛利元就:老いの結実は自らの器を知ることにあり
 親鸞:肉体の老いをもねじふせた不屈の精神力
 北条早雲:先見の明と行動力が切りひらいた晩年
 柳生石舟斎:勇の何たるかを追いつづけた剣豪
 大久保彦左衛門:現状に甘んじない心の強さと頑固さ
 松下幸之助:常識にとらわれず走りきった天才企業家
 東郷重位:老いてなお自らを鍛錬せよ
 勝海舟:信念と度胸を重んじたマキャベリスト
 丹羽長秀:死にざまにこだわった温情の武将
 豊臣秀吉:富に溺れた天下人の悲哀に満ちた老境 

 あまりにも皆立派すぎて、では私もそのように、という感激が沸かなかったといっては、立派な両著者に失礼でしょうか。最後の秀吉の場合は子供の秀頼が出てきましたが、我々とはレベルが違いすぎます。今では皆が長生きになって、老夫婦が互いに支えあって生きているような状態では、老人が独りで勝手に生きざまを左右できないという点で、歴史に何かを求めるには限度があるかも知れませんね。

 

 
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