2007.11.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  54. 短い入院
 

 

 私は 20 年ほど前に左目の白内障の手術を受けました。右目の方はまだ曇りがレンズの中心に来ていないから、しばらくこのままでと言われて何時の間にか 20 年程経ってしまったと言うことです。最近一寸物が読みづらくなってきたところへ丁度眼鏡のねじがゆるんでレンズが外れるということがありました。この機会に眼鏡も予備を買った方が良いだろうし、それには一度眼科で、ということで前に手術をうけた、今住んでいる老人ホームのすぐ下にある病院で眼科の診察を受けたのです。一応視力の検査を受けましたが、そのあとの診察で、「これは白内障の手術を先にした方がよいですよ」と言われてしまいました。でも大動脈瘤や脊椎管狭窄症では診断はしても、「お歳ですから、しばらく様子を見ましょう」と言われてきた私としては、歳に関係なく手術をしましょうと言ってもらったのは、一安心でした。「手術は 30 分もかかりませんが、あとの安静のこともあり、外来でされますか、それとも二日ほど入院されますか」と聞かれて即座に「入院します」と答えたのです。住んでいるホームはごく近いが、同じ寝ているだけなら入院した方が簡単だろうと考えたのです。ところが、それがいざやってみると思いのほか大変でした。

 このところ大動脈関係で数回大学病院に入院しているのですが、考えてみればそれはみな飛び込みの緊急入院でした。とにかく身体だけ救急室に運ばれてそのまま入院でしたから、着のみ着のままで入院したわけです。しかし、今度は予定を立てての入院なので、案内書に従って、いろいろと準備をしなければなりません。もう家内は頼りに出来ないので、土曜日に家に帰って、自分でタンスなどをひっかきまわして、品そろえをしました。月曜日の入院は 9 時までにということなので、日曜日の朝に、そろった品物を持って病院のすぐ近くにある老人ホームに移動しました。やれやれと座ってもう一度チェックをしてみると肝心の入院関係の書類がありません。じつは土曜日に家内の 79 歳の誕生祝いに子供や孫が我が家に集まってバーベキューを楽しんだのです。その機会に保証人など書いてもらえばと、関係の書類を我が家に持って帰っておきながら、賑やかにやっているうちに、その書類のことをすっかり忘れてしまっていたのです。仕方が無いのでその日の昼からもう一度我が家に戻ってその書類をそろえて再び老人ホームに戻りやっと一息つきました。

 予定通り月曜日の朝に入院し、午後手術、その後予定通り水曜日の朝退院してすぐ近くの老人ホームの我が部屋に帰ってきました。まだ毎日何回か点眼をしなければなりませんし、何より顔や頭が洗えないのが不自由ですが、木曜日からは何時ものように事務所にも出勤し、少しづつ落ち着いてこうして原稿も書けるようになりました。でも何もかも自分ひとりでやってみると、たかが 2 日の入院もつくづく大変なものだと身にしみました。

 この次にはどんな入院になるのか、やはり誰かに助けてもらわないと、もう駄目だというのが正直な告白です。それにしても、本の活字がこんなに黒々としてきれいなものとは、驚きでした。

 

 

 
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