2006.3.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  34. 誰のためのオーダーメイド医療か?
 

 

 21世紀になってヒトゲノム(人の遺伝子組成)の研究が進むにつれて一人一人の遺伝子組成からみた一番それぞれの個人に適合した医療が受けられる、即ちオーダーメイド医療(一人一人の注文に合わせた医療)とかテイラード医療(洋服の仕立てのように一人一人に合った治療をする)とか言われているものが実現するのだ、と言いふらされているようです。でも本当にそんな事ができるのでしょうか。先日もある研究会で特別講演がありました。膀胱がんに今一番推奨されている制癌剤の組み合わせでも、効く人と効かない人とがあって、効かない人はいたずらに副作用に悩まされている。これを効く人だけを予め選別できればこのようなことはなくなる。それを最新の(cDNAマイクロアレイという)方法を用いて遺伝子発現のパターンの違いから非常によく予言することが出来るようになった、と言った内容でした。気になったのは其の後での演者の次の一言でした。「こうしてヒトゲノム(遺伝子の全部の組み合わせ)の解明がすすめば、不必要な副作用を回避するオーダーメイド医療の実現可能性を強く示唆するものである。」

 何故私がこれを気にするかお分りでしょうか。確かにこの方法でよく効く症例をかなり高い精度で予見することが出来るようです。でも反対に効かない症例も予見されます。講者はそれに対する配慮を何も申しませんでした。これをオーダーメイド医療と言うのは何処かおかしいと思いませんか。オーダーメイドというのは洋服の仕立て屋さんによる(洋服)と言う意味からでた言葉です。そうすればどんな体型の人にでも合った服を作れなければならないは筈です。貴方の体型は異常だからそれに合った服は作れません、では仕立て屋とは言えません。今の制癌剤の組み合わせでは効かなくても、そのような患者には別のこうゆう方法があります、というように総ての患者にそれぞれ相応しい治療法を提示できてはじめてオーダーメイドと言えるはずです。私はよく冗談のつもりで、「オーダーメイド医療などと簡単に言う人たちは、本当に仕立て屋でオーダーメイドで洋服を作ったことがあるのだろうか」と言うのですが。

 今までも私たちは、制癌剤や放射線療法の効きにくいがんに対してなんとか治療効果を高めようという研究を進めてきました。これを“がん増感研究”と呼んでいます。じつは上述の特別講演もその研究会のなかでのものでした。でもゲノム研究の進歩という言葉に幻惑されてか、私のような質問は何も出ませんでした。私自身は残念ながら耳が遠くて広い会場では、質問しても答えが聞き取れず困ってしまうので質問できませんでした。この増感研究は始めてもう25年にもなりますが、それは今までの治療で効果のない抵抗性の腫瘍の感受性を高めて治療成績を上げようというものです。残念ながら、なかなか満足する成果は得られていません。ことに薬による場合には開発に製薬企業が取り上げなければ実現しないという大きな制約があります。製薬企業はある程度以上の販路の見込みがなくては取り上げません。実際にこの増感研究のなかでその様な実例に遭遇しました。オーダーメイド医療でもし特別な薬が必要なことが分ってもそれが少人数だとそんな薬は何処も作ってくれないでしょう。オーダーメイド医療は何よりもオーダー(注文)する患者の側から満足できるものでなければ意味がありません。

 こんな現状のなかで現在唯一程度の差こそあれ広く多くの場合に増感(効果を高める)が出来るのは、我々の開発した温熱療法(ハイパーサーミア)だけです。これは副作用がなく何度でも繰り返し治療で出来るという今までのがん治療にはない特徴があります。いまがん難民と言われる今までの治療に見捨てられた患者さんに、科学的に証明され健康保険でも認められている治療として期待されています。どのような患者さんにも、併用する治療法の選択、有無、また治療に使う温度、時間、回数などの調整を通じて対応が可能です。これをうまく使えばオーダーメイド医療に近付けるのではないでしょうか。その詳細については別に解説しているのでそれをご参照ください。

 

 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■