2005.7.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  26. 右か左か
 


 ある日の新聞に「自然な人の流れは左側? 右側? とした根拠は」という記事がありました。その書き出しには、
“東京で地下鉄の駅をでる。人のながれ に身をまかせ 流れは左側通行。大手町でも渋谷でもそう。なぜなぜ?小学校の廊下には「右側を歩きましょう」とかいてあったじゃない。”とあります。

 これが問題提起です。それに従って右、左についていろいろな意見が述べられています。それをいくつか拾ってみます。

 人の流れを考えて左側を歩くように指示をした。心理的に人は左側を歩きたがりとっさの場合は左にさける傾向がある。中国は人も車も右側通行。「その国の法律などによって慣らされる部分もあるのではないか。日本の道路交通法第10条は「歩行者は道路の右側を通行しなければならない」と定めている。ただし「やむを得ない時は左側によって通行できる」そうだが。
そこで次のような通行位置規則というのが表示されていました。

1889年
 人力車営業取締規則で行き交う時は互いに左側に避ける。
1900年
 道路取締規則で人は左側通行
47年
 道路交通取締法で右側通行に
49年
 同法改正でも右側通行
60年
 道路交通法でも右側通行に

 ところがもう一つこれについて説明があります。それは第二次大戦後のことです。もう一度新聞の記事に戻ります。

 “さかのぼるとルールは途中で変更されていた=表。 江戸時代、武士の刀は体の左側にあった。前から来た人の刀と当たらないようにし、そしていざという時に右手で抜き打ちしやすいために、左側通行が基本だった。鉄道も車もそれに倣ったという説がある。

 ところが第二次大戦後、米国は自国の交通ルールに合わせ、日本も「車は右、人も右」にさせようとした。しかし敗戦直後の日本には、右側通行のためにすべての車を左ハンドルにする経済力がない。そこで人間だけが右側通行になったとされる。”

 これが私にはカチンと来たのです。私は毎日地下鉄に乗りそれからエスカレーターで改札口に出ます。前の人が右に立ったり左に立ったりする毎に、これから書くようなことを思い出していらいらとしているのです。私自身は左側に立つようにしています。右手に杖を持っていても左は空いていて手すりを持てるのです。それよりも以下に述べる日本の習慣を守りたいのです。

 上の新聞の説明で第二次大戦後というところが問題です。私の記憶ではこれは次のようになっています。当時車に乗っているのはアメリカ人だけです。歩いているのは敗戦の日本人です。日本の規則でアメリカ人の車が狭い道を通ると歩いている人を後ろから追い越すことになります。どうも運転しにくくて仕方がない。そこで考え付いたのが対面交通という方法です。車は左、人は右であれば車と人とは向き合います。これで運転がし易いというわけです。実にけしからん勝手な規則だと私は密かに憤慨していました。勿論私も右側を歩かされた一人です。この私の記憶はこの新聞記事での説明とは合いません。老人の思い込みかもしれませんが、今でもこの記事を読んで腹を立てているのです。本当にこの記者は十分に調べたのだろうか。どうです、皆さんはどちらが真相だと思いますか。今の人はもう右側歩行に慣れてしまって混乱を感じないのでしょうか。でもこのような記事が出るということはやはり疑問を感じている人がいろということではないでしょうか。これは是非しっかりと調べて、今からでもこの混乱の元である人は右、車は左、というのを、全部左に戻しませんか。エスカレーターに乗るたびに右か左か迷う必要がないだけでも大分助かります。

 

 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■