2005.4.27
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菅 原 努
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23. オペレッタ:メリー・ウイドウと私 | ||||
その懐かしい思い出を呼び起こしてくれたのが、もう何年前になりますか、大阪であったハンガリーの歌劇団によるメリー・ウイドウでした。中学生時代のことを思い出しながら、高い座席券をはり込んで家内と見に行ったのです。座席券が2万円余と高かったせいか入りが悪く後ろの方に大分空席がありましたが、大変な熱演で「昔あるところにヴィリアという妖精がいました」で始まる有名なヴィリアのアリアと、パリでのカンカンダンスはアンコールをサービスしてくれました。しかし、私にとって何よりの圧巻は第2幕のおわりの方で、お互いの意地を張り合いながら無視しあっていた二人(大金持ちの未亡人と嘗ての恋人である外交官)とが、曲の甘さに釣られて一緒に踊るワルツでした。見ている私までうっとりとした気分に引き寄せられて陶然としたのです。 あの気分をもう一度味わってみたい。私はこれのCDは二枚持っています。しかし、今では耳が遠くなってCDではなかなか音楽が楽しめない。そこでDVDに転向たことはすでに書きました。そこでこの曲ならばと、密かに期待をいだいてDVDを買ってきました。どうゆう訳か分かりませんが、このDVDはなかなか店で見つからず、また他のものに比べて値段も倍くらいもしたのです。でも掛けてみるのが何となく恐ろしく何日も棚に置いたままにしていました。それを去る土曜日の夕食後、家内も呼んで一緒にみることにしたのです。新しい補聴器のおかげで音楽は何とか聞こえます。しかし、期待したあの甘さ、とろけるようなメリデイーの響き、は全く聞き取れず、ただ機械的な響きだけが耳に届くだけでした。音楽の感動というのは一体何なのでしょうか。補聴器はその何かを捕らえ損なっているようです。前の補聴器は音が割れましたが、今度のはそのようなことはなく、一応曲として聴こえることは聴こえるのですが、音楽としての味わいが全く感じ取れないのです。ましてや、メリー・ウイドウのワルツの甘さなど論外でした。 メリー・ウイドウはヨーロッパの仮説の小国ポンテヴェドロの大金持ちの未亡人ハンナ・グラヴァリをめぐる喜劇です。舞台はその国のパリーの公使館です。この未亡人がフランス人と結婚することになれば、未亡人の持つ大金が国から流出するので、国は破産の恐れがあります。沢山のフランス人が彼女に言い寄ってきます。そこで大使はパリーに来ている未亡人を自分の国の公使館書記官ダニロ・ダニロヴィッチ公爵と結婚させようと一生懸命です。彼はかつてこの未亡人と恋仲であったのですが、彼女が金持ちと結婚したので、今ではパリーのマキシムで酒びたりです。しかも私はたとえハンナが未亡人になっていても、お金と結婚などしないと意地をはっています。それが最後には旨く結びつくことになってめでたしめでたしで終わるのです。その間に二人で踊るワルツの甘さが忘れられないのです。でもそれがDVDでもあじわえないのは切ない事です。未だ頭の中ではあのメロデイーがひそかに響いているのですが。でもあの曲を知らないあなたにそれを言っても分らないでしょうね。メリー・ウイドウのワルツです。CDででも一度聞いてみて下さい。ヴィリアの歌もとてもいい曲ですが、これはオペラのCDでないと聴けないでしょうね。
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