1999.9.8
 

小児白血病をめぐる永い話も漸く結末か?

菅 原 努

 1983年、ある村での小児白血病の多発が近くの原子力施設のせいではないかというテレビ番組から注目されるようになり、父親の放射線被曝が子供に影響するのでではないかというガードナー博士の新説を1990年に生んだが、最近の大規模な疫学研究で小児白血病多発の原因についての結論が得られそうである。私達の当時の検討をふまえ、この新しい研究について紹介する。

 1983年:英国ヨークシャーテレビが、核施設従業員の職業被曝による健康影響のドクメンタリィを撮影にきていたが、たまたまセラフィールド核施設から南へ3kmのシースケール村の住民から、小児白血病などの稀な病気が多発していると聞き込んだ。これを「ウインズケール(セラフィールドの旧称):核の洗濯所」という題で、白血病多発を報じ、施設から放出した放射能汚染が原因ではないかと示唆して世の注目を集めた。

 1984年:英国政府はダグラス・ブラック郷に依頼して、専門家よりなる委員会を組織して調査を行った。その結果、小児白血病の多発の可能性を認めた。しかし、その原因として放射能汚染を調べたが、そのレベルは低くとてもそれでは説明できないと結論し、原因究明について今後の調査研究を行うことを勧告した。これに基づいて英国でいくつかの疫学研究が行われた。

 1987年:上記ブラック委員会の委員の一人であるガードナー教授は、シースケール小学校の児童について疫学研究を行ったところ、シースケール村で生まれた子供達に白血病が多発しているのに、この村以外で生まれて越してきた子供達には多発は認められなかった。

 1990年:ガードナー教授はやり方を変えて、25歳以下の白血病およびリンパ腫について、シースケールを含む地域で生まれた白血病とそれの対照者について症例・対照研究を行った。その詳細は省略するが、結論として白血病と一番強い関連を示したものは父親の放射線被曝で、しかもそれが線量の高いほど白血病発症の相対リスクが高くなることを示唆した。しかも受精6ケ月の線量が10mSvでリスクが約5と高いものであった。

 これがガードナー仮説として注目を集め、実験的、疫学的な検討が世界中で行われた。とうのは、もしこの通りであるとすれば、今まで考えられていたよりは遙かに少ない線量でしかも子に放射線の影響が出るということになるからである。実はこのことは1982年の阪大医放射線基礎医学の野村大成教授の研究「親マウスにX線を照射し、それらから生まれた仔マウスを飼っていると発がん頻度が高いことを見いだし、それが遺伝性であることを証明した」が生物学的な支えになっている。しかし、野村の実験では数百mSv以上の高線量を要したのに、ガードナーらの場合は10〜100mSvとあまりにも線量が低い。

 1991年〜:広島・長崎の原爆例では早速親子の関係で再調査がなされたが、ガードナー仮説を支持する結果は得られなかった。その後いろんな原子力施設でその従業員の子供についての調査がなされたが、いずれも答えはNoであった。では一体シースケールでの白血病多発の原因は何か。これについてガードナー仮説が出された時に、別の解釈としていろんな説が出された。そのなかにキンレンのニュータウン説というのがあった。それは、新しい核施設では、人里離れたところにいろんな所から人を集めてニュータウンが作られる。このような場所では、免疫のない人々(特に感染しやすい乳幼児)と、感染因子(例えばウイルス)を保持した人とが接触し、その結果小児白血病が多発するのではないか、というものである。キンレンはこの考えのもとに、新しい工業団地と大都会周辺の町について調べて工業団地のニュータウンでのみ小児白血病の多発を認めたので、この説が正しいとしていた。

 1999年:ニュウカッスル大学のデイキンソンとパーカーはこれをシースケールを含むカンブリア地方について調べ、キンレンの説を支持するデータを示した。これに対して疫学の世界的権威であるドル郷は「今や、キンレンの感染説が確立されたと言ってよいであろう」と言っている。この研究では、カンブリアで1969年から1989年の間に生まれた120,000人の子供の健康記録を調査した。その結果、両親がカンブリア以外から来た場合は、両親共またはその一方がカンブリアからきた場合に比べて6歳までに白血病になるリスクが2.5倍になると計算された。

 これで、放射線はその罪をのがれることになったが、ではここで感染したものは何か。今やその探求が始まっている。なお、ブラウン郷が今後の研究が必要であると勧告したときに、英国政府は一件100万ドルで数件の疫学研究のための研究費を用意したと漏れ聞いている。それが10年程かけて実ったということであろうか。我が国でも問題が生じた時にこの位積極的な姿勢が取られることが望まれる。

 参考:

  • 英国セラフィールド再処理施設周辺の小児白血病に関する検討報告  平成5年9月(財)原子力安全研究協会 放射線影響に関する懇談会
  • The cluster culprit: Childhood leukemia is probably an infectious disease New Scientist 21 August 1999 p.5
  • Ho Dickinson and L Parker: Quantifying the effect of population mixing on childhood leukemia risk: the Seascale cluster. British Journal of Cancer 81(1), 144-151, 1999.