2001.10.1
 

2001年10月のトピックス

米国同時多発テロをめぐって

菅原 努


 今月のトピックスとして9月11日に起きた米国での多発テロに触れないわけにはいかないでしょう。そうでないと象牙の塔にこもって世間のことは何も知らない科学者であってよいのかという批判を浴びても仕方がないでしょう。先ず何よりこの思いがけない出来事のための尊い命を落とされた多くの方々のご冥福を心からお祈りします。またそのご家族、大きな衝撃を受けられたアメリカの友人に心からお見舞いを申し上げます。

 さて、この多発テロに対して、これは戦争だから仕掛けられたらして返すのは当然である、という意見がだされています。と思うとそれに対して、そんなことは問題の解決には繋がらない、何故このようなテロが起こるのか其の原因にまでさかのぼる必要があるのだという意見もあります。今ここでこのような政策的な問題を論じることは私の力に余るのでこれ以上は触れないことにします。むしろ、この際1人の科学者としてこの事件を知った瞬間に感じたことを話してみようと思います。

 ビタミンCの発見でノーベル賞をもらったセント・ジョルジーの有名な言葉があります。「科学者とは誰もが見ているものを見て、誰も考えなかったことを考える者である。」私は決してそんなに偉くはありませんが、このテロのニュースを聞いた途端に、「あ、やられた。こんなやり方があったのか。」とショックを受けました。テロという目的は全くけしからんものですが、アメリカの誰もこのことを予測出来なかったのではないでしょうか。私にも全く意表を突かれたやり方でした。そこで独創を重んじる科学者ならば、ここで「よしこれに負けてはおられない。相手以上の独創的なやり方で二度とこのような事が出来ないようにしてやる。」と一生懸命知恵をしぼるべきではないでしょうか。未だ今のところアメリカの手の内は見えていませんが、新聞の報じるところでは、着々と軍事行動の準備を進めているということで、今までの考え方の線を出ていないように思われます。

 もう一つの問題は、科学も何も文明の総ての面でアメリカが世界に抜きん出ていると思いこんできたのは、どうやら間違いではないかと、考えさされたことです。今になって考えればこのテロのやり方は、人の意表をついただけで、決して無から有を生じさせるような独創的なものではないのではないでしょうか。「アメリカでそれを思いつかなかったということは、何を意味する」と思いますか。今まで日本では何でもアメリカの後を追っていました。この際もはやそれでは駄目だということを真剣に考えるべきだと思います。医学の世界でも、アメリカでEvidence-based Medicine(証拠に基く医療)といわれると、われもわれもとそれに従おうとしています。そのEvidenceとは一体どのような内容かよく考えたことがあるのでしょうか。それは統計的有意差検定を最重要視しています。それは原則として人は皆同じとして取り扱うものです。また理論より結果を重視します。従って漢方のように一人一人違う処方をするものは認められません。しかし、今遺伝子研究の分野では個人の遺伝子組成による個別投薬などということが考えられています。これはむしろ理論による予測を重視するものです。これには今回のテロにも似た発想の転換を必要とすると思います。

 この独創性へのテロのインパクトは、私が話した何人かの科学者が同じように感じたと言っていました。「災いを転じて福とせよ」とは私が何時も逆境にあったときに大事にしている言葉ですが、今回もそれを生かしたいものです。多分一般の方は、科学者とは何と執着心の強い奴だと思われることでしょう。でも私は矢張りそれに拘りたいと思います。

(平成13年9月22日記)

 その後、同時多発テロと言うことで連日新聞、テレビで報じられていますが、アメリカもなかなか慎重で幸い今の時点では軍事行動は起していません。そこで私はNature, Scienceなどの世界的な科学雑誌を通じて科学者の動向を探ってみようと思いました。Natureの9月20日号に初めてこの事件の記事が載りました。そこでアメリカの科学、工学、医学のアカデミーの代表が大統領に手紙を送り、国のために何でも協力する用意がある、そのため丁度1940年の時のようにテロの将来の攻撃を防止するために組織を挙げて協力すると申し出ていることを知りました。

 早速それを報じているホームページを開いてみると、この手紙の他に、「テロと安全保障のための資料」という欄がありました。それを開いてみると25の関連した書籍、報告書がそのまま無料で読めるということです。さすがにアメリカで、既にこれだけの研究の積み上げがあり、しかもこの緊急の時にそれを無料で公開しているのです。われわれ科学者は1995年の兵庫南部大震災のときに何をしたでしょうか。今度も論評だけでなく、科学者としてテロ撲滅のために何が出来るか、何をするべきか、学術会議で緊急の会議でも持たれたのでしょうか。アメリカの科学誌Scienceはテロ以後のものが未だ手元に届きません。とりあえず私の知りえたアメリカの科学者の動きをご報告させて頂きます。

(平成13年9月27日記)