2015.12.2
 
Editorial (環境と健康Vol.28 No. 4より)

水と空気からみた環境の問題


今西二郎

 

 

 本誌「環境と健康」という雑誌名より、ついつい環境が健康にどのようにかかわっているかという問題について、考えさせられることがよくある。なかでも、私たち人間にとって、常に触れている「水と空気」について、いろいろな想いが浮かんでくる。「水と空気」は、私たちにとってあまりにもありふれた物質であり、完全に私たちの生活に溶け込んでおり、普段、意識されることはあまりないかもしれない。しかし「水と空気」は、いうまでもなく、すべての生命体の生命維持に、必要不可欠な物質である。その上、水や空気に取って代わることのできるものは何一つないのである。それがゆえ、私たちは、空気や水に否が応でも、つねに曝露され続けていなければならない。

 このように、常に周りにある水や空気であるから、健康によい水や空気、反対に健康に悪い水や悪い空気というものが存在しうるのである。そこに環境ビジネスとしての水ビジネス、空気ビジネスが生まれてくることにもなる。ここでは、水や空気による健康被害、そこから新たに出現してきた水や空気ビジネス、さらに積極的に健康に寄与するとされる期待などを通して、環境としての水や空気とどう立ち向かうかについて考えてみたい。
 まず、私たちを取り巻いている水や空気が、健康に害を与える例を述べてみる。すなわち、水や空気の汚染である。最初に、水の汚染について述べる。その代表例は、有機水銀の汚染により起こる水俣病とカドミウム汚染によって起こるイタイイタイ病である。

 水俣病は、1956 年に熊本県水俣市で確認された病気であることからこの名がついている。水俣病の原因は、工場の排水中に含まれていた有機水銀(メチル水銀)であることが、1959 年に熊本大学の研究者により明らかにされた。同様の病気に、新潟県下越地方阿賀野川流域で起こった第二水俣病がある。水俣病は、四肢末端に起こる感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害、平衡機能障害、言語障害、手足のふるえなどが出てくる中枢神経疾患である。水俣病の患者数は、数万人ともいわれているが、実態は明らかでない。
 また、イタイイタイ病は、富山市神通川下流域で 1910 年代から 1970 年代前半にかけて発生したもので、原因は鉱山の精錬に伴う未処理排水中に含まれるカドミウムである。カドミウムにより多発性近位尿細管機能異常と骨軟化症を起こす。骨軟化症により骨がもろくなり、体を少し動かしたりするだけで骨折を起こし、痛みを訴えることからこの名がついた。被害者は出産経験のある中高年の女性が多かった。骨軟化症に対しては、ビ
タミン D の大量投与によりある程度症状は軽減される。これら 2 つの例から、水の汚染がいかに健康を蝕むかがわかる。

 一方、空気の方であるが、代表は大気汚染である。大気汚染の歴史は古く、古代ローマ時代にすでに都市の煙や悪臭について記述されていたということである。しかし、中でも有名なのは、1800 年代に始まるイギリスの産業革命に伴う大気汚染である。スモッグという言葉も 20 世紀初頭には使われるようになった。イギリスだけでなく、欧米先進諸国では多かれ少なかれ大気汚染の問題が発生した。わが国では、第 2 次世界大戦終了後の高度経済成長期に大気汚染の問題が顕在化した。このうち、川崎ぜんそく、四日市ぜんそくなどはよく知られている。また光化学スモッグ、ディーゼルエンジン排気ガスなども問題となった。しかし、国内では、これらに対する対策が進み、大きく改善されてきている。一方、新興国では、あたかも高度経済成長期の日本のように、大気汚染が現在大きな問題となっていることはよくご存じの通りである。

 さらに最近の問題として、化学物質過敏症、シックハウス症候群もあるが、これらは大気汚染とは異なり、主に建造物や家具など身の周りにあるものから出される化学物質が原因とされているが、まだ実態が明らかにされていない部分も多くある。

 このように水や空気の汚染が起こると、さまざまな健康被害が、しかも命にかかわるような重大な被害がもたらされてくるのである。そのためには、汚染のない水や空気の確保が必要となる。さらには、積極的に病気の予防や健康維持・増進を図るいわばサプリメントのような水や空気も要求されるようになってきた。ここに環境ビジネスとしての水ビジネスや空気ビジネスが成立する余地がでてくる。

 一般社団法人日本貿易会のホームページによると、地球には 14 億立方キロメートルの水が存在するとされている。このうち、人が利用できる淡水は、わずか 0.01 パーセントであるが、これらの水は地球上では偏在しており、9 億人が、水の確保ができていないのが現状である。そのために、水の不足している地域での淡水化プラントの建設や、汚染水を浄化する水道システムの導入が急がれているのである。日本は、この点においてすぐれた技術を持っており、これらを新興国で展開しようとしている。水道事業は、国内の自治体が優秀な技術を持っており、いくつかの自治体が海外に売り込んでいるところである。

 わが国の水道水の浄化技術は高度であり、汚染などの問題は全く心配ない。また、美味しさに関しても自治体によっては、かなり気配りをしており、ペットボトルに詰めて販売しているところもある。それにもかかわらず、日本人はいつの間にか、水道水よりもミネラルウォーターを好むようになってきた。このため、飲み水は買うものという意識が、今や当たり前になってきている。すなわち、飲み水は、水道水からペットボトルへ移り、さらに宅配水の時代に入ってきたのである。ちなみに、ミネラルウォーターの市場規模は、矢野経済研究所によると 2013 年度で 2,620 億円、2014 年度で 2,655 億円と近年増え続けている。また、宅配水の市場規模は、2013 年度で 1,031 億円、2014 年度で 1,095 億円と増えている。ここ 7 〜 8 年の動きでみると特に宅配水の市場規模は倍増している。これらを合わせると、わが国では飲み水は水道水以外のものを買うものという意識が定着してきたのかもしれない。

 このような意識の延長線上に、おいしい水を飲むということから積極的に健康増進、病気の予防を図るサプリメント的な水がもてはやされるようになってくる。このような例として、アルカリイオン水、水素水、海洋深層水などがあげられる。アルカリイオン水は、飲用アルカリ性電解水の通称で、アルカリイオン水整水器などの陰極側で生成される pH 9 〜 10 の電荷水であるとされている。アルカリイオン水のうち、マイナスの還元電位が−200mV 以上のものは活性水素水と分類される。これらの水は、加齢やいろいろな病気を引き起こす元となる活性酸素を消去する効果があるとされており、そのような検証もなされているようである。しかし、活性酸素が体にとって、悪いものかどうかは一概に言えず、これを抑えることが健康維持や抗加齢に関連するのか、また関連するとしても飲料として飲むだけで効果が得られるのかなどいくつかの疑問がある。海洋深層水についても効能やその機構は語られているが、理解できないところもある。

 また超純水による副作用ということが言われていたことがある。超純水というのは、医学・生物学の研究や精密器械の製造などに使われるもので、決して飲用ではない。可能な限りの不純物を除いたもので、いわばピュアなH2O である。このような水を飲むと下痢をしたり、体に様々な害を与えたりするので絶対に飲まないようにと先輩から注意されたことがある。しかしよく考えてみると、口の中に入れたとたん、口腔内は多くの物質が存在しており、たちまちにして超純水ではなくなり、普通の水になってしまうのである。大量に一度に飲むとどうなるかわからないが、少量ではなんら問題はないと思われる。ただし私自身は、試したことはない。多分、かなりまずいとは想像できる。

 次に空気であるが、こちらもサプリメント的なものがある。その代表が、マイナスイオンである。滝などのそばでは、水が落下して、水が打たれ、多くのマイナスイオンが発生しており、これがリラクセーション効果などを生じたり、さまざまな生体の機能に影響したりするとされている。しかし、マイナスイオンは学術用語ではなく、その実態がもう一つはっきりしない。マイナスイオン環境下で行われた実証実験も報告されているが、どこまで一般に認められたものであるかわからないことから、その効能の有無について結論を出すのは早計であろう。

 また空気に 20%程含まれる酸素に関連して、酸素カプセルなど酸素を用いた商品も発売されている。これは、医療用ではなく主にスポーツ選手などが使い始め、効果があったことから、一般にも疲労回復などの目的で普及し始めたものと思われる。しかし、スポーツ選手に対して「治療」に使う「高圧酸素療法」といわゆる酸素カプセルとでは、圧が異なり、本質的な効果も異なるといわれている。
 以上のように私たちは、いつも空気や水に触れている。これらが汚染されると健康被害が起こることは上述したとおりである。汚染を防ぐこと、汚染を取り除くことは、極めて大事なことである。さらに発展して、健康によい水や空気を創りだそうという発想からいくつかの製品も作られているが、上述の通り、健康への効果についてはまだまだ未解明である。

 実際のところ、私たちの周りにある水や空気については、人為的に悪いものが付加されたり、反対に良いと思われるものが付加されたりすることはなく、できる限りあるがままの“自然”の状態の「水や空気」が私たちにとって最も良いのではないだろうか? これは水、空気に限らず、自然環境全般にいえることではないかと思う。自然の環境を人為的に変えることなく、そのまま受け入れることこそ重要なのではないだろうか。

 


明治国際医療大学教授(統合医療学)、京都府立医科大学名誉教授(免疫・微生物学)