Books (環境と健康Vol.28
No. 3より)
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多田麻美 著 老北京の胡同 |
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(株)昌文社 ¥2,000 円+税 |
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胡同(フートン)とは中国の明、清の時代から北京の各所にあった住居地域で、中庭を囲んだ四棟からなる四合院の民家群は、古き良き北京を偲ぶことのできる観光名所でもあった。しかし北京オリンピックを境に地域の開発の名のもとに強制撤去が進み、今日では胡同の数はかっての七分の一になったとされる。 本書は著者がこの胡同に魅せられて自ら胡同に住み、かつ中国男性と結婚して胡同の運命を見続けた記録である。私は胡同を訪ねたことはないが、台州の古街を歩いた折に、狭い通りに連なる店や屋台などにタイムスリップをした感を受けたが、北京の胡同も庶民的な食堂や食材のお店、そして何よりも近所の人たちとの親しい付き合いの場所としてかけがえのないものだったようだ。2008 年の北京オリンピックの頃、日本のテレビでは北京市内の胡同が次々と撤去され、これに抵抗する住民たちの命がけの闘いの様子が放映されたが、本書でも権力側をバックにした利権集団の暴力的な力には勝てず、少ない補償金や市内を離れた不便な代替えアパートに移らざるを得なかった人々の厳しい状況が述べられている。 胡同の消滅が惜しまれるのは、もちろんそこに住む人々の生活基盤が失われることもあるが、元代から明、清の時代は首都であった北京の面影を色濃く残す文化財が失われてしまうことにある。幸い文化財保護の旗印を掲げる北京の NGO の粘り強い抵抗運動が海外の反響も呼んで、今はいくつかの開発に待ったがかかっている。しかし現在の中国の流れを見る限り都市化の波を押しとどめることはできず、いずれは北京から胡同が消える日も遠くないと考えられる。 本庄 巌(編集委員)
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