Books (環境と健康Vol.28
No. 2より)
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トーマス・ズデンドルフ 著(寺町朋子 訳) 『現実を生きるサル空想を語るヒト』 |
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(株)白楊社 ¥2,700+税 |
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本書は 2013 年に発刊された原題、The Gap: The science of what separatesus from other animals(裂け目:人間を他の動物から隔てるものについての科学)の翻訳であるが、その和文タイトルはかなり意訳されており、その副題には、ご丁寧にも「人間と動物をへだてる、たった 2 つの違い」との要約が付いている。朝夕ペットを連れて散策されている方にとっては、犬とも心が通っていることであろう。しかしその通う心は、果たして家族や友人と同じであろうか。その間には越えられない違い、裂け目(ギャップ)があるのではなかろうか。本書はこの心のギャップの科学である。 19 世紀の C. ダーウィンの生物進化論は科学的帰納法の典型ともいえるもので、英国海軍の測量船ビーグル号に同乗して、5 年間世界各地の生物を観察し、その多様なデータを統一的に説明する仮説として、1859 年に「種の起源」を発刊して生物進化論を世に問い、後世に到るまで集団生物学、分子進化学として仮説が検証されつつある。ダーウィンは生物進化論をヒトにも適用し、「人間の進化と性淘汰」を著して、ヒトの近縁種として類人猿を挙げ、ヒトとの連続性を示している。 21 世紀に入り、ヒトと動物の脳にも連続性が明らかに認められ、動物にもこころ(情報活動)がある事が自明のこととされてきたが、社会性動物としての情報伝達の手段を考えるとき、ヒトの言語能力が、心の世界を拡大し、他の動物のこころとの間に一線を引くギャップを生じた要因と考えられる。ヒトは 2 足歩行を行うことにより、森の樹上生活から広い草原の生活に適応したとされるが、そこで発達したヒトの心の独自性を、本書では 2 本の脚として次のように表現している。(1)入れ子構造を持つシナリオを心の中で生み出す際限のない能力と、(2)シナリオを構築する他者の心とつながり合いたいという抜きがたい欲求である。先ず第 1 に、正しく、適切な量の、目的にかなった、明確な情報を交わすことにより会話が成立する。その会話の中から概念(シナリオ)が構築されて、他者が考えていることを推論する(心を読む)ことが可能となり、その心の分かち合いから協力することを学び、相手の心を読むサッカーなどの集団競技が可能となった。類人猿では集団競技は不可能である。やがてヒトは未来を先見する時間旅行者となり、時空の抽象的な思考が可能となり、死後の世界を考える宗教観も発生し、文化的認識の獲得を集団のものとするための教育も行われるようになった。 数百万年前に類人猿から分岐した猿人の一部は 2 百万年頃前にアフリカを脱出し、世界各地に移住した原人の中から、60 万年前に旧人(ネアンデルタール人、デニソワ人など)や新人(現生人類)が分岐するが、現生人類と類人猿との間には、多数の絶滅したホミニン(ヒト亜属)が存在した。彼らと現代人との身体の連続性については、残された化石などから追跡できるが、今更心の連続性を追跡することは不可能である。しかし今やその残存する野生類人猿さえ絶滅危倶種に指定されており、その自然の動物とのこころのギャップは拡大の傾向にある。その上、ヒトの文化の蓄積は電子的ネットワークを通じて爆発的に増大しており、ますますギャップの増大が加速されている。 今や先見性を持った現生人類には、人間の活動が地球に与えてきた惨事の増幅に対して、新たな舵を取り直す責任が生じている。J. バーナード・ショーは、「われわれは、過去の記憶によってでなく未来への責任によって賢くなる」と述べている。現代人が最後の人類とならないためには、アポロンの神殿に刻まれている「汝自身を知れ」をそれぞれの心に刻むことから始まるのではなかろうかと本書を結んでいる。 山岸秀夫(編集委員)
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