2015.6.1
 
Books (環境と健康Vol.28 No. 2より)

 

南川雅男 著

『日本人の食性−食性分析による日本人像の探究』


(株)敬文社 ¥2,400+税
2014 年 7 月 17 日発行 ISBN 978-4-906822-11-9

 

 

 私たちが健康な生活を維持するには、衣食住、とりわけ日々の食物摂取は欠かせない。しかも無情なことに、その食料資源は他の生物のいのち、すなわち「食う食われる」(食物連鎖)の関係で連なる動植物である。先ず植物が光合成によって太陽エネルギーを栄養物に貯めこみ、それが草食動物へ、そして肉食動物へと順次伝達されるのである。ヒトはその頂点に立って、摂取した栄養物をエネルギーに変換して活動し、栄養物を再構成して日々身体を更新している。ヒトの身体は、「その食物からできている」といっても過言ではない。しかしその食物選択(食性)にあたっては、(1)生理学的栄養条件、(2)地理的環境条件、(3)食資源の獲得技術、(4)食資源の調理技術、(5)精神的・社会的規制などを受けて、極めて多様であるので、現代人といえども食性調査には限界がある。

 そこで日本人の食性を文化史としてではなく、自然科学的技法で辿ろうとするところに本書の特徴がある。すなわち全ての生物資源に含まれるタンパク質中の炭素と窒素に着目し、化学的性質はほぼ同じであるが質量のみ異なる微量の安定同位体、重炭素、重窒素の濃度を測定し、資源の栄養段階と関連付けて食性を解析している。一般に食物連鎖の段階の高い生物、すなわち肉食度の高い生物では重同位体が濃縮される傾向がある。また同じ主食としての穀物資源でも、通常のイネ・ムギなど大半の C3 植物と、高温・乾燥などの厳しい条件下でも光合成を営むC4 植物に大別される。後者は昼間の光合成に必要な炭酸ガスを夜間でも吸収して有効利用している、アワ・ヒエ・キビ・トウモロコシなどの雑穀であって、重炭素が濃縮されている。したがって炭素と窒素の同位体濃度に着目すれば、上記 2 群の植物、水産生物(魚類)と陸生動物の 4 群に大別され、雑食性のヒトの身体にはこれらの食物の同位体が反映されている。

 したがって約 12,000 年前の狩猟・採取を主とした縄文時代から、約 2,000 年前の水田稲作を始めた弥生・古墳時代の遺跡に残された人骨中のコラーゲンの炭素と窒素の同位体比を調べることによって、食性の地域差(内陸部と臨海部)とその歴史的変遷をたどることが出来る。古墳時代から江戸時代までの 1,000 年間は、火葬の風習のため、同位体による食性分析の空白時代であるが、分析数が少ないとはいえ江戸時代に関しては、基本的には古墳時代とほぼ同じで、森や山に依存した食性の雑穀文化と評価されている。しかし明治維新に始まる日本の近代化が食生活に与えた変化は大きく、食料資源を海外に依存する現代までの僅か 150 年の間に急激な変化が進行中であることが分析データに表れている。また現代日本人の食性を世界各国の食性と比較する資料として毛髪の同位体分析が行われているが、食性のグローバル化を反映して、日本人が極めて平均的な値を示しているのは大変興味深い。すなわち縄文時代以降、日本列島での大きな食料利用の変革は 2 度あり、第1 は最大人口 20〜30 万人の縄文時代から農耕文化を受け入れて人口の倍増した弥生時代で、その後 1,000 年で数十倍の人口の維持が可能となり、第 2 は戦後の 1960 年代からの急激な肉類の消費と摂取カロリーの増大である。

 「日本人の食性」というと「和食文化」の底辺を思わせるが、本書は動植物の同位体分析という自然科学的手法を用いて、私共の身体は自然界の食物連鎖として「他のいのちによって生かされている」ことを今更ながら実感させるものである。今後も食性のグローバル化が進み、世界の海洋資源を利用し、海外からの輸入資源を食料の基礎とする事態では、「自然からの収奪」でなく「生命との共生」を再認識することが不可欠である。

山岸秀夫(編集委員)