2014.12.1
 
Books (環境と健康Vol.27 No. 4より)

 

上原善広 著

石の虚塔−発見と捏造、考古学に憑かれた男たち


新潮社 ¥1,500+税
2014 年 8 月 10 日発行 ISBN 978-4-10-336251-7

 

 

 本書は世紀の発見と言われた岩宿遺跡の旧石器発見から、神の手と呼ばれたアマチュア考古学者の発掘捏造事件に至る、石に憑かれた人達のドキュメンタリーである。1949 年、群馬県稲荷山切通しの粘土質の関東ローム層から黒曜石の槍先石器を発見した相澤忠洋は、それが日本に旧石器時代はなかったとするこれまでの定説を覆す証拠であることを確信する。在野の彼はこれを明治大学の芹沢長介に託すが、これを耳にした芹沢の上司の杉原庄介教授は発掘隊を編成して岩宿駅から稲荷山に向かう。そこで同じ地層から旧石器時代の石器を発見した杉原は、日本にも 3 万年前に既に人が住む旧石器時代があったことを学会で発表する。これは日本人のルーツを考える上で重要な発見であるが考古学会からは完全に無視される。その後日本各地で旧石器が発見されるにおよび相澤や芹沢の業績も認められるようになるが、最初の発表に際して杉原が相澤、芹沢を無視したため、彼らのあいだで発見のプライオリテイを巡って対立が生まれる。この様子はノーベル賞はじめ科学の世界ではよく知られているが、考古学の世界でも同様のことが見られて興味深い。

 その後東北大に移った芹沢は杉原ら考古学会の見解に対抗して、更に 4 万年以上前に現在の日本人とは別種の原人が日本にいた証拠となる前期旧石器時代の石器の発見に情熱を燃やす。芹沢は岩宿をはじめいくつかの遺跡でこれを発見して公表したが今に至るもなお完全な合意には至っていない。そして登場するのが神の手を持つとされた藤村新一である。彼は宮城県の座散乱木遺跡をはじめ多くの発掘現場で次々とこの前期旧石器を発見して行き、芹沢をはじめ東北大の考古学グループの支持を得て、日本の学会もこれを認めざるをえなくなる。しかしフランスで考古学を学んで帰国した竹岡俊樹らによって石器の形態から石器の時代判定が疑問視され、毎日新聞によって藤村の捏造が暴かれたニュースはわれわれの記憶にもあたらしい。

 いくつかの賞を受賞している本書の著者は旧石器の論争に関係した人々への忍耐強いインタビューと膨大な文献資料から旧石器時代の論点を明らかにして行く。このドキュメンタリーで印象的なことは考古学会を支配する頑固な学閥と前例のないことは認めない権威主義的な体質である。また神の手を関係者の誰もが見破れなかったこの捏造事件は考古学という特殊な学問分野の出来ごとではなく、もって他山の石とすべきであろう。

       

本庄 巌(編集委員)