2014.12.1
 
Books (環境と健康Vol.27 No. 4より)

 

国立遺伝学研究所 編

遺伝子が語る生命 38 億年の謎
−なぜ、ゾウはネズミより長生きか?


悠書館 ¥2,000+税
2014 年 6 月 30 日発行 ISBN 978-4-903487-92-2

 

 

 本書では、国立遺伝学研究所に関連する研究者がその総力を挙げて、自らの最先端の研究の現状を紹介しながら、「生命とは何か」の謎解きに挑戦している姿が示されている。生物の設計図である遺伝子 DNA から出発して、生体高分子、細胞、生物個体、生態系の諸問題を追求し、再び生態系から生物多様性や種分化の問題を経て、遺伝子 DNA の謎に戻る構成となっている。すなわち本書では、19 の話題を取り上げ、生物進化、人類進化、ゲノム、細胞と染色体、発生と脳の 5 部にまとめられている。

 いずれの話題でも、そのまとめとして、自分達に残された謎解きの課題を示しているところに、科学者としての面目躍如たるものが感じられる。すなわち、これまで専門分野で常識とされてきた教科書的な規範(パラダイム)への反逆である。1 例を挙げると、第 14 章の「DNA 収納の謎」では、長大な DNA 分子が短い染色体や狭い核の中に規則正しい階層構造をもって納められているというパラダイムに挑戦して、非晶質の氷の薄膜に包埋された無染色の DNA の低温電子顕微鏡像と X 線散乱解析の結果から、物理的な束縛の少ない不規則構造モデルを提唱している。

 科学の世界では、往々にしてまだ実証されていないモデル(仮説)としてのパラダイムが、いかにも真実であると思い込まされていることがある。常識とされているパラダイムにも常に疑問を投げかけて、その謎解きの中から新しいパラダイムが構築されるところに科学の進歩が読み取れるのである。その他にも、(1)多細胞動物の出現はほぼ 6〜7 億年前とする古生物学的パラダイムに対して、さらにその 6 億年前までさかのぼる「古生物学的先史時代」があったとする遺伝学者の挑戦、(2) ABO 式血液型の遺伝的多型が保存されていることの謎解きとして、これまで非科学的とされてきた性格、体質や社会構造との関連の見直し、(3)ヒトゲノム中の半分を占める反復配列の暗黒部分から新生する機能部域、(4)性格や行動に関わる環境要因と同時に、複雑な遺伝要因の解明、(5)子どもに限らず成人でも可能な脳内での神経細胞の新生に寄与する要因など、数々の謎解きに魅了される。一見専門家集団の社会への店開きの感があるが、サイエンスライターの貢献もあって、一般社会人にも研究室の臨場感を伝えることに成功している。        

山岸秀夫(編集委員)