Books (環境と健康Vol.27
No. 1より)
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アズビヨン・ヴォール 著(渡辺雅男 訳) 福祉国家の興亡 |
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こぶし書房 ¥ 3,800+税 |
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北欧 3 国は自由主義経済圏の中でも、富の公的再分配によって経済的・社会的不平等の是正に成功した福祉国家の優等生とされ、これまで本誌でもしばしば取り上げられてきただけに、本書の題名の「興亡」は大変意外に思われた。原著の題名は、“The rise andfall of the welfare state”で、2011 年の出版である。著者は経済学者ではなく、ノルウエーの労働運動の活動家であって、その豊富な体験に基づいて語っている。わが国でも少子高齢社会を迎えて、福祉財源としての消費増税や経済活性化のための規制緩和や民営化の風潮が高まっているだけに、他山の石として見逃せない。 本来、人間の顔をした資本主義として特徴づけられる福祉国家は、消費者の高負担と公的な福祉の保障の上に成立してきた。ところが 1990 年代に入り、経済がグローバル化する中で、産業資本主義が金融資本主義となり、労働が商品として非人間化され、国内法による労使協定が無視され、過労によって健康を損ない、市場から排除される労働者が増え続けた。結果として障害年金の受給や早期退職が生じた。今や貧困者層の増大による、公的基金の債務危機がノルウエーのような福祉国家を解体させようとしているのである。 1960 年代の最盛期の福祉国家は、(1)民から公へ、(2)資本から労働へ、(3)富裕層から貧困層へという 3 つのレベルで富の再分配に貢献したもので、労使のバランスオブパワーの産物であった。しかし、もう公的再分配を軸とした福祉国家へと時計の針は戻らない。福祉社会は労働者の絆と消費者の絆が両輪となって機能したが、今や生産現場での絆としての労働組合が弱体化しているのである。著者は、消費の中でなく、グローバルな生産の中での不平等を是正することの重要性を説き、国境を越えて機能する労働組合の新たな取り組みに期待して、本書を閉じている。しかし国境を越えたところでは、死の商人の暗躍の場としての民族紛争の戦火によって多くの若者の命が失われている。「福祉を支える労働者の絆」には世界から戦争を無くすることが不可欠ではなかろうか。「働く喜び」を国際的に共有できるような生存システムの構築に対する答えはまだ出ていない。 山岸秀夫(編集委員)
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