Books (環境と健康Vol.26
No. 1より)
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野間俊一 著 身体の時間−(今)を生きるための精神病理学 |
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(株)筑摩書房 ¥1,600+税 |
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本書は現役の精神科医の手になるもので、現代の若者に多くみられる様々な精神病理現象を検討し、その中に通底するものを見出す中で、現代の「今」を生きるヒントを探っている。すなわち、私たちの精神は脳科学と相性の良いコンピューターモデルで理解できるものではなく、肉体と不可分なものとしての精神が、私たちの生活に人間特有の豊かさを与えてくれるものと考えている。 第 1 部では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で見られる様に、誰にでも経験できる瞬間の持つ情動性を考え、予測不能な偶然的事象に対し、感じ、判断し、決断し、行動する「身体」を考察している。第 2 部では、「うつ病」、「ヒステリー」、「広汎性発達障害(アスペルガー症候群)」、「摂食障害」、「自傷」のような現代の精神病理を取り上げ、時間性と空間性(身体性)を軸として、その「今」と解離した体験構造を示した上で、自分の社会的地位や財産などからなる「人格的自己」ではなく、それらの属性を脱ぎ去った「主体的自己」、「生身の私」の存在を示唆している。第 3 部では、歴史性を持った身体として、出会いを通じて「他者とつながる」共存感覚が取り上げられ、「主体的自己」は生命体としての「生命的自己」に裏打ちされ、社会的存在としての「人格的自己」で輪郭付けられているとする。 最後に、現代の IT 革命に触れ、「相手の顔を見ず素性も分からない人との出会い」の軽さから、現代の若者が信頼すべきものを失い、情報の氾濫にさらされている現況を憂いている。しかし 2011 年 3 月 11 日に生じた東日本大震災の際の若者のボランティア活動の中に、「身体と時間の回復」のきざしを見ている。そして「私たちは本来、この瞬間、瞬間の、身体を介した豊かさを見直すべき」と結んでいる。本書は、精神疾患に悩む患者に寄り添う中から生まれたものであって、「身」と「こころ」の謎を解く貴重な鍵となるであろう。
山岸秀夫(編集委員)
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