Books (環境と健康Vol.26
No. 1より)
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小泉義之 著 生と病の哲学−生存のポリティカルエコノミ− |
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青土社 ¥2,400+税 |
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本書の特色は、哲学者の目で、生きていく上で避けることのできない「病」を「生」と「死」の線上に連続するものとしてとらえ、現代医療の盲点に光を当てたところにある。すなわち、相対的健康度の零を死と定義して、健康と病気の差異を程度の差に還元しようとの提案である。すなわち、病人は病苦の消滅を目指すのでなく、病気と共生して健康の程度を増加させることを学習する。したがって、ここでの健康の概念は個別的であり、健康人も病人も中立的に統御する、医療と福祉・厚生を立ち上げることになる。 著者はこれまでの初出論文を全 18 章、3 部に収めた上で、新たに全体像をまとめている。第 1 部では、魂(心)を宿す肉体(身)を取り上げ、難治性疾患に対する先端医療技術や情報工学の介入を検討し、痛みや精神障害などの病苦の人生における意味と無意味を問いかけている。第 2 部では医療制度を取り上げ、生殖技術を巡る生命倫理学に見られるような医療経済の功利主義に対する批判、第 3 部では脳科学を取り上げ、病人の立場を欠いている、専門家の医療倫理への批判が行われている。 ここで注目されるのは、まず「性は大人と大人の関係、生殖は男女二人の大人と来たるべき子供との関係、育児は大人と現存する子供との関係」と、概念的に性、生殖、育児の 3 者を区別していることである。また植物も含めた生物の特徴として、自発的な生成変化を通して自己保存しながら、自己死滅に向かうものとして、水面に生成消滅する渦巻と対比して説明している。その上で、主観的な感覚的経験としての「病い」(illness)、医学的に規定される「疾患」(disease)、社会的・文化的に構築された「疾病」(sickness)を批判的に総合した「病気」概念を提案している。すなわち生物とは生存への傾向と死滅への傾向が絡み合い、その絡み合いの様相の一つが病気の症状や徴候であるとしている。この人間にとっての生成消滅の生命理論は、人間以外の生物にも通じる普遍的なものとして注目される。山岸秀夫(編集委員)
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