2012.12.3
 
Books (環境と健康Vol.25 No. 4より)

 

山内一也 著

ウイルスと地球生命


岩波書店 ¥ 1,200+税
2012 年 4 月 13 日発行 ISBN978-4-00-029592-5

 

 

 1970 年に遺伝進化学者の大野乾は、その著書、Evolution by Gene Duplication, Springer (遺伝子重複による進化、岩波書店、1977)において、ヒト染色体 DNA(ゲノム)の多くは遺伝子重複によって生じた冗長な遺伝子であることを指摘していたが、この提言は 20 世紀末に解読されたヒトゲノムの概略塩基配列によって裏付けられた。その結果は驚くべきものであり、実際に機能遺伝子と推定される配列は全ゲノムの 1.5% に過ぎず、残りは細胞に寄生して増殖するウイルス由来のものと機能不明の領域がほぼ折半していた。21 世紀に入り、複数置換 DNA 増殖法と次世代型の塩基配列解析装置の導入により、種々の生物でのゲノム解析の精度と効率が飛躍的に増大し、ウイルス由来DNA 塩基配列の生物界での普遍性が明らかにされた。しかもその多くが、感染により生物の間を移動する転移因子(トランスポゾン)の性質を持っていた。

 一般にウイルスは、ポリオ、インフルエンザ、エイズなどの病原体として恐れられている。しかし本書では、21 世紀の新しいゲノム解析の成果を取り入れて、ヒトを中心としてウイルスを見るのでなく、生命体としてのウイルスの視点から俯瞰している。地球は 46 億年前に誕生し、40 億年前の原始海洋で生命が誕生し、30 億年前に真正細菌から古細菌や真核生物(カビ、植物、動物)に到る分岐が生じたとされている。ところがすべての生物界におけるウイルスの普遍性が明らかになったので、ウイルスの起源も少なくとも 30 億年前にさかのぼることになる。そこで、宇宙生物学での「ダーウィン進化が可能な自己保存的化学系」という生命の定義を援用して、ウイルスを生命の単なる寄生体と見ず、タンパク質合成系のリボソームの代わりにゲノムを保護するカプシド(外殻)を産生する、独立の生命体として扱う新分類が紹介されている。実際にウイルスは、細菌から細菌へ、藻類から藻類へ、昆虫から昆虫へ、植物から動物へ、陸の動物から海の動物へ、家畜からヒトへと、海陸を問わず生物界を動き回っている。特に藻類を死滅させる海のウイルスの、地球上の炭素循環に果たす役割が見直されている。しかもウイルスには病原体だけでなく、生存競争を左右したり、生物進化の推進役となったものもある。例えば 2 億年前の哺乳類の誕生、5 千万年前の霊長類の誕生と転移性ウイルス感染の増大との関連が考えられている。現に哺乳類に特有の、子宮内での胎児を保護している胎盤内の合胞体栄養細胞層が、ヒト内在性レトロウイルスによる細胞膜融合の産物であることが示されてきた。

 本来遺伝子は、親から子へと垂直に移動するものであるが、地球上の多様な生物の間を水平に移動するウイルス遺伝子の存在から、ウイルス生命体と地球生物との長い共生の歴史として生物進化を見直す本書の視点は高く評価されてよい。

山岸秀夫(編集委員)