Books (環境と健康Vol.25
No. 4より)
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鈴木 孝 著 エンジンのロマン−技術への限りない憧憬と挑戦 |
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三樹書房 ¥ 2,400+税 |
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本書は、エンジンの開発に半世紀をかけた著者の技術者魂の集大成ともいえるもので、人類の幸福を目指した技術革新の物語である。エンジンは燃料を動力に変換するもので、元々は 17 世紀末、パリ郊外のベルサイユ宮殿の水役人であった C. ホイヘンスが考案した、火薬を用いた内燃機関が原型である。実際にも広大な庭園の給水のために、水をセーヌ川から汲み上げるのに試みられたとのことである。この火薬エンジンは 18 世紀中頃の J. ワットの蒸気エンジンとして発展し、汽車や船舶に利用された。やがて 19 世紀中頃にガソリンエンジン、ディーゼルエンジンが発明されて、一般自動車や工作機械用動力源などに用いられるようになったが、皮肉なことにその爆発的な技術革新は、20 世紀の世界大戦と共に進んで、巨大化し、爆撃機や戦車などに用いられた。しかし大戦後 20 世紀後半のエンジンの技術革新は、自動車の小型化、排気ガスの浄化、燃費効率の上昇、電気モーターとの協業(ハイブリッド)などに向けられている。最後に将来の夢として、枯渇が迫るこれまでの化石燃料依存技術を脱して、太陽エネルギーを用いるマグネシウム−燃料電池の開発による電気自動車の抬頭に期待を寄せている。以上のように本書は、エンジン工学の歴史を俯瞰する 500 ページに及ぶ大著であるが、豊富な写真と理系の図表の各所に挿入されている著者自身の挿絵によって、文系の方々にも読みやすいものとなっている。 かつて本誌 21 巻 3 号(2008)Books 欄で、著者の「ディーゼルエンジンと自動車−陰と光 生い立ちと未来」を紹介したことがあるが、当時一方的に大気汚染の元凶とされたディーゼルエンジンの長所と欠点を明らかにし、マスコミの偏見を正したものであった。西欧に遅れて出発しながら、ディーゼルエンジンの改良に多大な貢献をし、2011 年に自動車殿堂入りを果たした、著者としての技術哲学が最終章に披露されている。すなわち、わが国の技術者には、(1)奇抜なアイデアを抑制し、(2)権威に服従し、(3)既成概念にとらわれ、(4)自己規制を行い、(5)最悪のリスクを考えないなどのマイナス思考がある。このことは、動力で水を供給する西欧庭園と自然の川の流れを取り入れる日本庭園との差に見られるように、西欧の合理的思考は自然と対峙し自然を征服する方向で進んだが、日本の文化は本来自然と対峙せず、自然との調和を基本としたところに由来する。言い換えれば、堅い岩盤の上にあるヨーロッパの自然は安定しているが、日本の大地は地殻プレートが激突して生成したものであり、絶えず火山爆発、地震、津波、台風など、厳しい自然に順応せざるを得なかったのである。しかし今や過去のマイナス思考から脱皮し、旧来の技術や人間の壁を越えて、知恵を尽くして自ら動く中に、変化する自然とのよき調和を求めるべきだと結んでいる。著者の夢の実現を次世代の技術者魂に託すためには、マイナス思考の日本社会の制度や構造の革新(イノベーション)が、今後求められることであろう。 山岸秀夫(編集委員)
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