2012.9.1
 
Books (環境と健康Vol.25 No. 3より)

 

福岡伸一 著

動的平衡 2 −生命は自由になれるのか


木楽舎 ¥ 1,524+税
2011 年 12 月 7 日 発行 ISBN978-4-044-5-C0095

 

 

 分子生物学者、福岡伸一氏の著書はつとに有名で、生命の神秘を色んな切り口で語ってくれる。折りに触れ私も氏の著作を読んで目から鱗の感を受けることが多いが、このたび表記の書物でも幾つか心を動かされた部分があったのでそれをご紹介する。

 音楽好きの氏はフランス・ナント市の音楽祭でバッハのゴールドベルク変奏曲を何人かの演奏で聴き、その後東京丸の内での音楽祭でもやはり同じゴールドベルク変奏曲を違った演奏者で聞く機会を持つ。私自身もかつてランドフスカのチエンバロによるこの曲の演奏を LP で楽しんだ思い出がある。そしてバッハの書いたゴールドベルクの楽譜は一種類だけなのにその演奏はそれぞれに異なり、受ける感銘も違うことから、氏の遺伝子と人間のあり方に関してのひらめきが始まる。「遺伝子は私たちを規定し、運命づけているように見えるけれど、それは楽譜の音符のように使う音の高さと長さを指定しているだけだ。
(中略)どんなフレージングで、どんな指使いで弾くかはすべて奏者に委ねられているのだ」。同じ遺伝子を持っていても、遺伝子のスイッチのオンオフのタイミングとボリュームの調節がその生命体を特徴づけるとする考えなのだ。
 第一章で語られるこのテーマは伏線となって第八章「遺伝は本当に遺伝子の仕業か?」で刺激的な姿となって立ち現れる。以前、私の拙著 “Language viewed from the Brain” の中で、従来チンパンジーが言葉をしゃべれないのは口腔や咽頭が狭くて発音がしにくいからだとする説明があるが、これはひとえに脳の容積が不足しているからであると述べた。そしてチンパンジーとヒトでは DNA の違いはわずかに 2 %とされているが、もしこの違いが脳細胞をあと数回分裂させる指令に関わっているとすれば、その決定的差異を説明できると思っていた。そして本書で「脳でスイッチがオンになる一群の遺伝子は、チンパンジーよりヒトで、作用のタイミングが遅れる傾向が強い。つまり、脳のある部位に関していえば、ヒトはチンパンジーよりもゆっくりと大人になる」というくだりを読んで、思わず赤線を引いてしまった。遺伝子の活性化のタイミングの違いが子供の特徴を残すヒトの「ネオテニー」をもたらし、これがヒト特有の好奇心や手先の器用さなどにつながるということなのだ。

 そして最後の章「木を見て森を見ず」の中で、地球温暖化や放射線などによる癌の問題に触れているが、次の機会にでももう少し明確な意見が欲しいと思った。本書は書き下ろしではなく、幾つかの雑誌に発表された原稿を再構成したもので、一貫した論旨はないが、それぞれの章で私たちの生命現象に関して示唆に富む発言がなされている。

本庄 巌(編集委員)