2012.6.2
 
Books (環境と健康Vol.25 No. 2より)

 

酒井邦嘉 著

脳を創る読書−なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか


(株)実業之日本社 ¥ 1,200 +税
2011 年 12 月 25 日発行 ISBN978-4-408-10907-7

 

 

 本書の「はじめに」は、〈それでも「紙の本」は必要である〉ではじまる。出版不況と言われて久しく、街角の書店が次々と姿を消し、携帯電話の店などに代わっていく昨今である。この風潮に追い打ちをかけるように、「電子書籍」が登場し、ついに「電子教科書」にまで波及した。著者は、電子書籍の利点として、素早い検索機能、複製機能、コンパクトな収納機能などを挙げ、電子教科書の利点として、辞書機能やインターネットとのリンクによる膨大な情報へのアクセス、教科書と生徒の理解度とを連動させた双方向の学習支援プログラム、高度情報社会への早期適応などを挙げている。しかし電子書籍は情報が多い分、想像力の働く余地を与えないし、電子教科書は考える前に調べてしまい、調べただけで分かった気にさせる欠点がある。この点では、紙の本の情報量は少ないが、その行間が創造力を引き出し、教師が板書した不完全な情報が、重要な記憶を定着させ、「わかる」意欲を刺激する。まだ人間と満足に会話できないコンピューター(人工知能)に、紙の本や教師の役割を期待する発想自体が問題である。

 著者は電子化された「人工物」である電子書籍の利用を、エベレスト最高峰の初登頂を目指すのに利用された酸素ボンベと比肩している。おわりに、人間にとって大切なものは何かを考え、古き良きものを大切にしながら新しいものを創り続けること、すなわち紙の本と電子書籍との共存の知恵を示唆している。はからずも、本誌前号の編集後記で紹介したお寺の門前の書「変わらないものを大切に 変わりゆくものを学ぼう」と通ずるものである。

山岸秀夫(編集委員)