2012.6.2
 
Editorial (環境と健康Vol.25 No. 2より)


南南協力の進展
−教育分野を中心に−


村田翼夫*

 

 

 近年、開発途上国(中進国)が新興ドナーとなり後発の途上国に対し、農業、行政管理、金融、貿易、医療保健、教育などの分野において開発協力を活発に展開するようになっている。こうした開発協力は南南協力と呼ばれている。従来の南北間の垂直的協力関係に対し、南南間の水平的な協力関係を形成するものとして注目されている。その協力に日本、オーストラリア、カナダなどの先進国が関与するケースも増えている。筆者は、最近、東南アジア諸国とアフリカ諸国の教育協力も増加していることを考慮して環インド洋地域教育協力の調査研究をグループで行った。その成果も踏まえて南南協力の主な進展を考察してみる。

 近年の東南アジア諸国の経済的、社会的動向を調べてみると、よく発展している国々と今なお停滞状況にある国々があることが理解される。一人当たり国内総生産(GDP)をみても、2010 年にシンガポール(43,116 米ドル)、ブルネイ(29,674 米ドル)、マレーシア(8,423 米ドル)、タイ(4,992 米ドル)などに対しベトナム(3,134 米ドル)、ラオス(2,437 米ドル)、カンボジア(2,114 米ドル)、ミャンマー(1,250 米ドル)などとなっている。シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンはアセアン原加盟国であり、経済的社会的発展が顕著で新興ドナー国とも呼ばれ、近隣の貧しい国々に国際援助を行ってきている。1990 年代に新たにアセアンに加盟したカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムはCLMV と称され、原加盟国から援助を受ける立場に置かれている。

 南南協力の方法には、第三国研修、第三国専門家派遣、パートナーシップ・プログラム、三角協力などがある。第三国研修は、開発途上国において他の開発途上国から研修員を受け入れて知識・技術の移転・普及を行うものである。第三国専門家派遣は、ある開発途上国から他の開発途上国へ優れた人材を専門家として派遣し活用する制度である。パートナーシップ・プログラムは、南南協力を実施する国々と先進国が共同で停滞している国の発展に協力を行うものである。その際、先進国がイニシアティブを取り開発途上国の援助機関と協力して援助活動を行う場合に三角協力とも呼ばれる。

 筆者が教育分野における南南協力に関して調査した事例の中で印象深かったものの概略をみてみる。タイでは、教育省が、2000 年半ば頃 5、6 年間にわたりラオス教育行政官(5〜10 人)に対し約 1 ヶ月の研修を行った。多くの大学は、主にラオスの留学生に奨学金を提供している。また、ラオスやカンボジアに近い東北地方の教育養成大学(ラチャパット・スリン、ラチャパット・ブリラム等)において両国の初等・中等教員に対する研修を実施している。初等教員には、理数科教育、視聴覚教育、学習者中心教育、中等教員には、農業・工業の職業科目の研修が多い。

 2005 年にラオスの初等・中等教員20 人がタイの教育養成大学(ラチャパット・ウドンターニ―)において理数科・国語研修を 2 週間受けるプログラムが、JICA の協力を得て実践された。その際、日本の教育方法がモデル視された。筆者は、2007 年と 2009 年にその効果を評価する調査(教員向け)を行った。ラオス教員はタイ語を理解し、タイ人と同じ仏教(上座部仏教)を信仰していることもあって生活に違和感がなく、同プログラムは概ね好評であった。特に学習者中心教育、視聴覚教育が評価されていた。ただ、休みが少ない、研修期間が短い、宿泊施設がよくないなどの不満も聞かれた。

 また、理数科教員の研修に関して、JICA は 1980 年代の終わりにフィリピン大学(UP)に理数科教育開発研究所(NISMED:National Institute for Science and Mathematics Education Development)の設立を援助し、フィリピンにおける中等理数科教員の研修を活性化させた。そこでも日本の理数科教育がモデルとされていた。その影響を受け、1998 年に JICA は、アフリカ・ケニヤのナイロビに同様な研修を行う中等理数科教育強化プロジェクトを発足させた。筆者は、2008 年に同プロジェクトの調査を行ったが、そこにはウガンダ、タンザニア、ザンビア、ナイジェリア、ガーナなど多くのアフリカ国から現職理数科教員が研修を受けに来ており国際研修センターの様相を帯びていた。同研修を受けた一部の教員が、マレーシアの理数科地域研修センターである RECSAM(Regional Centre for Education in Science and Mathematics)やフィリピンの NISMED へ知識・技術向上のため派遣されていた。いうなれば、東南アジア諸国とアフリカ諸国の教育交流・協力が実践されているのである。

 教育分野で行われる南南協力が南南教育協力であるが、そのメリットとしては、(1)協力対象が周辺の開発途上国の場合、交通費、講師手当、施設設備費等が安価である:(2)教育の開発段階に大きな差がなく学び易い:(3)文化や慣習が比較的類似していて研修者にとって生活し易い:(4)タイ語とラオス語、マレー語とインドネシア語など、教授言語が類似していて理解し易いし、日本に比べれば英語が使いやすいこと、などが挙げられる。

 いずれにしても、開発の進んだ開発途上国が開発の遅れている国、しかも社会文化が比較的類似している国に対し協力援助活動を増加させていること、その中に教育プログラムも含まれていることは注目される。経済的困難を抱えている日本にとってメリットの多い南南教育協力は検討に値する課題である。また、新たな東南アジア諸国間の教育協力や東南アジア諸国とアフリカ諸国の教育交流・協力の促進は、東南アジア地域や環インド洋地域の各国の連携を強める効果をもたらすことが期待される。南南教育協力において、JICA は普遍的に応用のきく理数科教育に力点を置いているが、開発途上国における教育開発の緊要性を考えれば、各国における社会文化の特質に配慮しつつ環境教育、防災教育、保健教育、学校経営等を対象にすることも重要であろう。その際、日本の教育経験をモデルにするだけでなく、東南アジアやアフリカ地域の教育文化の特性も考慮して革新的教育開発モデルを創造していくことも必要と思われる。

 


* 京都女子大学教授、筑波大学名誉教授(比較国際教育学)